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これはK96さんのwebマンガ+イラストサイト「870R」(サイトは18歳以上推奨)「HANA-MARU」からの二次創作です。(HNじゃいこ)
全26話。第1話はこちら。
他のHANA-MARU二次小説はこちらから。
おこさまは よまないでくださいね。
大江戸870夜町(18)
桔梗介がひとりでお山を展開させている頃。
徒歩組は、ゴネる陽光太夫を引きずりながらまだ夜道を急いでいました。
「遠ーい、疲れたー、休むー」
一緒に検問を抜けた華宮院の用人衆は、付き合ってられんと先に行っています。
「太夫、あと少しでお山ですから」
「山って、登りー?」
「下りで始まる山なんてないっス」
「あんたくのいちでしょ。どうしてそんなに体力ないの」
「朝晩の走り込みが嫌んなって里を出たのー」
「やっぱ俺が吉原へ連れて帰るか」
「うふふー。今さら戻っても、検問の注意を惹いちゃって逆効果よねー」
「仕方ない」
工藤は太夫の先に回ってかがみました。
「どうぞ。少しペースを上げますので」
「おんぶ? 姫抱っこがいいなー」
「あんたはこっちよ」
後ろから太夫を刈り取った劉は、略奪スタイルで肩に担ぎました。
「げほ、下ろしてよー。怪物ー、赤鬼ー」
「誰が赤鬼よ」
お荷物を荷物扱いすれば、がぜんペースがはかどります。
「なるほど、太もも固めを封じるには、おっ担ぐのが一番でしたね」
工藤は心おきなく歩調を速め、逆さになった太夫は劉の背中で大きくバウンドしました。
「ゆ揺れる、りゅ劉ぽん、酔うー」
「ちょっと、おかしなとこにつかまらないで」
「だって、丁度いいとこに吊革ー」
「私の六尺ふんどしよ。食い込む食い込む」
そびえるお山のシルエットを目指して一行はひた走り、沿道の農村では「内股ダッシュの赤鬼にさらわれるよ」と言って子供を寝かしつけるようになったのでした。
一方、赤鬼に「子供は寝なさい」と言われていた冬成は、「お江戸の歩き方」編集部に戻っていました。
「今日は大収穫だったなあ。まず、将軍は三白眼侍が好き。三白眼は地味近習が好き」
敬称略で、ホワイトボードに相関図を引いていきます。
「近習は生足くのいちが好き。くのいちはお金が好き」
矢印はひたすら一方通行です。
「お金で動くのは富山のキース。キースは将軍暗殺犯。暗殺犯は華宮院が保護してる。あれっ。華宮院は殺された将軍の娘だ。どうして親の仇を保護してるんだろう」
冬成は、劉の真似をして精神を集中させました。
「暗殺は、反抗期の娘が仕組んだものだった……」
慌ただしくメモをめくると、点と点が線で結ばれます。
「まず、直属である伊賀者のツテで殺し屋を雇う。まんまと父親を消し、実行犯をかくまって捜査を攪乱したら、あとは疑心暗鬼になった政権幹部が身動き取れずにいるうちに、着々と幕府の弱体化は進んで、次代ホモ将軍はご乱心……」
マジックでホモ将軍→三白眼→の流れを華宮院につなぐと。
「ホモ将軍に追われた三白眼が、華宮院の庇護下に入ろうとしている今、ここに倒幕の一大勢力が生まれる。いけるぞ、このプロット!」
原稿用紙を出した冬成は、サラサラとタイトルを書き入れました。
「男色一代男(仮)。実名使わないよう気を付けなきゃなー」
「斗貴さま、ちゃんとホモ将軍って言えたかなあ」
下屋敷でやることもない天音は、とりあえずはなれを掃除していました。
「あ、これ!」
納戸の奥にあったのは、招き猫型の貯金箱です。
「ねえ、これってお父っつぁんの箱根細工シリーズじゃない?」
「懐かしいニャー。若え頃の内職ニャ」
猫人形の首輪にはぐるりとプッシュボタンが並んでいて、ボタンには文字が書いてあり、パスワードを設定できるのですが、入力を間違えると内部に腐食液があふれ出し、中の硬貨を溶かしてしまうのでした。
「内職ってレベルじゃないわね」
「凝り性だったニャ」
中にはいくらか入っているようで、揺するとカタンと音がします。
「納戸の奥でホコリかぶってたのよ。後で斗貴さまにお渡ししようっと」
「天音、ちょっとこっちへ貸しニャさい」
親方は招き猫を受け取って、ぞうきん絞りにねじるが早いか、ずるんと筒を引っこ抜きました。
「開いちゃうんだ……」
「パスワード忘れの非常措置ニャ。さ、中身をいただくニャよ。今はいくらあっても助かるニャ。おや?」
筒をのぞいた泥棒猫は、がっかりして中身を振り出しました。
「小汚いかんざしだけニャー」
そこへ、ばたばたと侍女たちがやって来ました。
「ちょっとお邪魔するわ、天音さん」
「どうかしました?」
「上屋敷へお使いよ。斗貴さまがあちらへ泊まられるらしくて、お泊まりセットをご所望なの。ないと眠れない抱っこフィギュアがあるとかで、はなれを探してみてとのことなんだけど……、あら、これよこれ。招き猫型の」
「ンニャニャ」
親方が筒を突っ込んで渡すと、侍女たちは慌ただしく出て行きました。
「抱いて寝るほど大切にされてるニャんて、職人冥利に尽きるニャア」
「でもあれ、長いこと納戸にしまってあったっぽいのに……」
天音は布団に落ちていたかんざしをそっと拾います。
「何だか変よ。これ、すごく大事な物なのかも……」
空っぽの招き猫を振って、斗貴は声を上げました。
「どうしよう……!」
「どうかなさいましたか、斗貴さま」
「いいえ、何でもありません」
土蔵の外には見張りがいます。
斗貴は平静を装い、夜食の重箱をかぱんと開けました。
「どうしよう、貯金箱のパスワードを知ってるのは兄上だけ。兄上が来てしまったのだわ。罠とも知らずに……」
もりもりとおむすびを頬張って不安を振り払います。そこへ。
「樋口さま! どうかお開けください! 樋口さま!」
上屋敷の立派な表門をドンドン叩き、呼びたてるのは女の声です。
「ここは樋口さまのお屋敷でしょう! どうか入れてください! ご嫡男が男色どっぷりの樋口さま! 謁見の順番が大名中Cランクの樋口さま!」
樋口家が大声で言われたくない事実ばかりで、天音はすぐさま中に入れてもらえました。
「こら娘、何のつもりだ。ことと次第によっては無礼討ちも」
「ああ、助かった。追っ手から逃げているのです。吉原から足抜けをしたのです」
「何と」
「知り人の家はどこも駄目なのです。私を捕まえればちょっと嬉しい額の報奨金がもらえるのです。即金でぽんと一両」
「ほほう」
「助けてはやりたいが」
「向こうも商売であるからして」
「素直に戻ればきっと許してもらえるぞ。拙者たちも口添えしてやろう」
薄給侍たちが天音を説得にかかっている頃。
「ニャア、斗貴嬢さん」
「大福親方?」
土蔵の小窓に、ぴろぴろと綿毛がチラつきました。親方のロング猫じゃらしです。
綿毛を追って白い前足が宙をかき、何度目かで窓枠に取り付いた白猫が、プルプルしながら顔を出します。
「頑張って。何だか知らないけど」
「斗貴嬢さん、餌で釣るニャ」
「餌って、ええと」
おむすびのおかかで根性を見せ、窓を越えた白猫は、首に粗末なかんざしを結びつけていました。
「まあ、これ!」
「どうしても嬢さんに届けるって天音が言い張るもんでニャ」
「そうよ、ちょうどこれが必要だったの! でもどうやって貯金箱を?」
「知らニャい方がいいこともあるニャ」
かんざしは、錠前開けのピッキング棒でした。
見張りが門の騒ぎに気を取られたスキに錠を開けた斗貴は、招き猫に布団をかぶせて土蔵を出ました。
「あら、だとすると兄上が来たんじゃなかったってことね」
「お兄上が動きそうな様子はニャかったが」
大福親方は、桔梗介一行と華宮院が手を結んだ成り行きを知りません。
「最後は実家を頼るつもりなのかもしれないわ。決して叔父上を当てにしないよう、警告しておかなきゃ」
斗貴はまっすぐ吉原を目指すことにしました。
(第19話へつづく!)