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サミー・エバーパインの逆襲(3)
「あんときの伯爵さまだったとはなあ」
クドージンの衿元につかまりながら、サミーは煙草の火をしみじみと眺めました。
前傾姿勢でくわえ煙草のクド-ジンは、矢のように馬を駆けさせています。
「サミー、伯爵さまって?」
「おーい、王宮から人が来たときにひと騒ぎあったろ。ブヨピヨといい、よくそれだけきれいに忘れられたもんだ」
反対の衿につかまっていたアマネリアは、イーと顔をしかめました。
「サミーのことばっかり考えてるんだもん。ねえ、エロ本どこに隠してるの?」
「隠してねえって」
『エロ本かいな』
煙草の火種がじりじりと燃え、ベンテーン卿の声が響きます。
『ひとり暮らしの男やったらコソコソ隠さへんで。服脱ぐついでにちゃちゃっと便利な最短距離……ベッドの下より浴室の棚なんてどや』
「わー、そこ未チェック! ありがとう鬼火さん♪」
『図星やったかな、きこりはん』
「知るか」
『お互い、えらい格好の再会になったなあ』
「知り合いだったらすぐ名乗ってくれよ」
『ワシも色々きれーに忘れてしもてたんや』
鬼火が出現したのは、将軍が黒猫として地上に逃れたのと同じときでした。夜空に哀しく漂っていたベンテーン卿の残留思念が、流星に巻き込まれたのです。
『そうと知っとればなあ~。ワシが猫かぶりを解いて差し上げて、煙出るまで愛し合うたったのに!』
スパスパもくもく、盛大に煙が上がり始め、サミーはそっとアマネリアの耳を塞ぎました。
『ワシ霊魂やから体位も自在や、***に**して***を、スッパスパ、もっくもく』
「げほごほげほ」
クドージンはむせながら馬を駆けさせていましたが、ようやく手綱を緩めて馬を降りると、火を上にして煙草を草地に置きました。
『墓前に供えるみたいな置き方やめてんか』
「お話し中すみませんが、私はここで失礼します」
「ここどこだ。何となくついて来ちまってたが」
『いつかの湖やないか? 女神はんの出た』
「あの女神は、水から水へ転送移動ができるようです。私を送ってもらえないかと。すみませんがー! 女神さまー!」
水面に動きはなく、クドージンはあたふたと見回します。
「何か投げるべきなのかもしれません」
「私飛び込もうか。フィギュアがもらえるんでしょ?」
「妙なことだけ覚えてるな」
「1/1アマネリア、サミーにあげるね♪ 原型はヌードがいいかな」
「脱ぐなって!」
「いえ、あまり細かい細工になると時間を取るかもしれない。ここは原典に忠実に」
クドージンが鞍のツールバッグから小型の斧を出したそのとき。
「お勧めしないヨー」
「女神さま!」
水面から女神が顔だけ出しています。
「ここへ物落とすとどうなるか、お前知ってるネ。知っててやる奴はひどい目に遭う、コレ民話の鉄則」
『初回で十分ひどい目やったけどな』
「私はどうなっても構いません。どうか私を都へ、川の平底船のあたりに送っていただけませんか。敵に気どられないうちに将軍を保護できればあるいは」
「イヤネ。断るネ。どっかイケ」
「女神さま……これまでになくカタコトですね」
『もしかして怖がっとるんとちゃうか』
女神はブクブクと目まで沈んでいましたが、岸辺に近づいて囁きました。
「都はすでに強大な何かの勢力下ヨ。あのあたりのエネルギー圧ものスゴイ。近づきたくないネ」
「どうかお願いします。私を転送していただければ、それ以上のご迷惑はかけません」
「俺もついてくぜ。これ以上知らないところで事態が動くのはごめんだ」
「サミーが行くとこは私も行くよ」
「しょうがねえな。俺から離れんなよ」
『ワシも頼むで! あの方にもっかい会えるなら火の中水の中や!』
「お前、水の中じゃ火種消えるヨ」
『ホ、ホンマやー!』
クドージンはひとつ大きく息を整えました。
「女神さま。あなたは面白い物を作られるが、どうも仕上げがお粗末ですね。もったいないことだ。なかなかの腕でらっしゃるのに」
「どした、急に上から物言うネ。確かにカラーリングには不満あるヨ。手持ちの塗料で試行錯誤中ネ」
クドージンは鼻で笑います。
「中でも黒の表現がいただけない。我が主はかつて、人間と人形を並べて見分ける勝負をなさったが、実は瞳孔を見れば一目瞭然だったとか。黒の深みがまるで違ったそうですよ」
女神はやさぐれて岸に肘をつきました。
「うるさい奴ネ。瞳孔は黒く塗った丸じゃなく、ピンホールカメラの穴みたいなもんヨ。実体のない黒を塗料で表現するのは難しいネ。どうしたって塗装面が反射する」
「女神さま。反射率ゼロ、どんな光も吸収してしまう究極の黒をご覧に入れると申し上げたら、ご興味は?」
「そんなもの、理論上しか存在しないネ」
「さあどうでしょう。物質エネルギーの王である将軍が能力を反転させ、今は黒猫の姿を取っています。それはすなわちどんな光も外へ逃げられない完全黒体、猫の形のブラックホールです。理論だけのものかどうか、その目で確かめられてはいかがです」
「……お前、駆け引きえげつないネ」
「悪魔に仕えておりますもので」
その頃、都の広場はバグ魔法であふれていました。
「リューさあん。俺の格好ちょっと恥ずかしいっスー」
前かがみのニッシーナがリューに取りすがります。
「元が官能小説だからしょうがないのよ。コスプレと思いなさい」
「コスプレっていうか俺、コスチュームがないっス」
は虫類型魔神になったニッシーナは、体表にウロコをまとっただけの全裸でした。意志とは無関係にシッポが動き、腰に巻いたタオルがずり上がってしまいます。
「重ね着禁止よ。これは王命なんだから」
「そこー、前を隠さない!」
きびきびと巡回しているバニーガールがヨシザワス王です。耳もシッポも飾りではなく、姿勢に合わせてプルンと動きます。
「陛下ー。魔法全開で追っ手を呼び寄せるのは分かるっスけど、みんなを避難させなくていいんスか? あと、反撃の準備とかは?」
「神軍が降臨するっていうんだよ。防衛体勢を固めるよりは、歓迎ムードでゴマすったほうがいい。あの天使将軍が逃げ回ってるんだ。僕らが敵うわけないじゃないか」
王は満足げに広場の中央を見やりました。イルミネーションされた架台にクドージン人形が吊り下げられおり、胸にプレートがかけられています。
< どうぞお持ち帰りください。神さまへ♪ >
「作戦名、土下座。徹底的に下手に出て許してもらうの。だから、防衛とか反撃とかを匂わすものは一切禁止!」
ニッシーナが腹に抱えていたヘルメットを奪い取り、王は行ってしまいました。
「股間くらい防衛させてほしいっス……」
そこへ、写字僧風の坊主頭が駆け寄りました。
「にいちゃんすごいや! 僕のイメージそのままだ!」
ニッシーナの弟、官能小説家のフューナリーでした。
「あっちは『キュウリ畑でつかまえて ~レインボーカッパと失われたアーク』、あっちは『女殺潤滑油地獄(おんなごろしローションじごく)』、ああ、作家冥利に尽きるなあ」
フューナリーは目を輝かせながら広場を歩いて行きましたが、それとは別に、タイトルを連呼する声がします。
「これは『アラジンと魔法の***』、これは『リラックマ**』。うーん」
一見清楚そうな女は、原語タイトルもしっかり復唱しながら、人々のコスチュームをチェックしているようです。
「あんなコが官能小説を。世も末だわ。ちょっとあなた、ずいぶん詳しいじゃ、んな……っ!」
ナンパモードで近づいたリューの長衣を、女がぺらりとめくりました。
「これは『ずるむけラスプーチン』。おかしいなあ。私、猫かぶりさんを探してるんです。ご存じありませんか?」
「ね、猫かぶり? そんなキャラあったかしら」
「あの人に聞こう。クドージンさん、猫かぶった人はどこ?」
「あら、あの架台のは人形なのよ」
「ええ。こっちが本物です」
女が指さした先には、びしょ濡れのクドージンと女神一行がしょんぼり立っていました。
「ネ、強大な相手なんだカラ、転送波動なんかすぐ捕捉されるヨ」
「は、はくしょ!」
「大丈夫か、アマネリア」
「何そのカッコ! みんなしてTシャツ濡らしコンテスト? ねえ、ずっと待ってるけど誰も来ないわよ。一体どうなってるの」
「リューさん。その方が……、追っ手ですよ」
クドージンは震える手で恭しく指さしました。
「神さまです」
「…………!!」
(第四話へつづく!)