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  管理人・歩く猫 これっぱかしの宝物について。真田丸とネット小説など。ご感想・メッセージは記事付属コメントかページ最下段のフォームどちらでもどうぞ
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感想スタンスは、「私の目にこのお話がどう写ったか」のみをひたすらお届けする、というものです。読み手本位です。辛口まじりですが、「勝手なこと言ってるなあ」で片付けていただけるよう、ちっちゃい自分を腹の底までさらして参ります。ネタバレあり、引き込まれた作品ほどいじり回したいので、何につけしつこいです。
読んでしまったあとがきテンプレやひとさま感想の印象がばっちり残っていまして、あまりフレッシュな初読ではありません。紹介サイトで評判を聞いて来た野次馬読者くらいのつもり。作者さまによる作品解説は読んでいません。
9/13 文字色を替えてみました。ずっと読みづらいものをさらしていたと思うと申し訳ないです。

A01  締切直前における特定の覆面作家企画4参加希望者の漸近線的記録あるいはマグネシウム燃焼時的アイデア

覆面が企画として回を重ねたからこそ可能になった手法だなあ。「>締切までまだ時間があると思っていたらいつの間にか今日になっていたのよ!」 など、よくある「漫画家による修羅場マンガ」だと「夏休みの宿題と似た感じかなあ」くらいの共感方法しかないものが、自サイトの「>ラヴ作品」「>web拍手」などで、びったしウェブ小説界限定のあるあるネタになっている。「>一つ積んではネタのため」うぷぷ。
 

「>ヘリウムガスを充填した風船よりも速やかに心は鉛直上向きにまっしぐら」「>純水に塩化ナトリウムを添加すれば溶解するように、話しかければ答えるのが花子」など、語りの呼吸の中で例えが生きているのが好き。「>学生間で頻発するラヴ化学反応」 男女関係がケミストリーなのはそれだけですでに慣用句だから物足りない感じ。
 

花子とのやり取りと地の文とがきっぱりと分けられている。それぞれの楽しさが際立つわけだけど、だからこそたまに越境や融和があるとリズムが変わって面白いのでは。「>それでもあえて常とは異なる分野に偏向していたのには正当でいじらしい理由がある。/「よくない。だって“覆面”作家企画だよ。」」 の「よくない」がないだけで、脳内のブツクサと口語セリフがひゅっと地続きになると思うがどうだろう。
 

ズラリ並んだボツネタはベタさに噴いたり自作にドンピシャだったり。「>柔道か剣道か弓道」 その道私も通りました。「>慣れてるジャンルでいつもと違うセリフまわし」 参考になるぞ花子。打てば響く花子とのネタ出しは憧れるシチュエーション。私は歩くと書き出しがほぐれます。「>友人××の仮名を花子と決める」で、メタ世界を入れ子の中に閉じこめず、劇中劇の最奥部から外の世界へ向けて一気に道をつないだ。爽快な終幕。こうなると「>虚構か事実か虚構のように仕立てた事実か~」という前段に「外の世界」の存在がこびりついていて、ちょっと構成の足を引っぱる感じ。蛇足はこちらか。


A02  □□■□□   □□□■□
キュートな自己紹介がそのまま設定説明。「>違いのわかる13歳。」「>一生、プレだったらどうしようと不安になっている染色体的には女性個体」など、深夜ラジオのハガキ職人(?)を思わせるとぼけた物言いに味わいがあり、話し相手はコンピューターしかいないという隔離生活がちっとも恐ろしげに見えない。「>これのどこが“標準”なのか、理解に苦しみます。」など、アスはちゃんと自分らしい物の見方を育てており、ニンゲン的。
 

名前をつけるつけない、「>『誤った認識』をしないため」の配慮など、世界における哲学が整理されていて居心地がいい。「>一言でいうと?」に「もー!」ってなってる(なってないか)センセイの授業が楽しそう。
 

ナイショの冒険は大きな変化なしにまっすぐ目的地に着く。「>それで怒られちゃうのイヤでしょう?」「>こういった場合、ありがちですが振り返っても遅いのです。」など、読んでいて調子いい文章が飽きない。「>ビンガはカリョウビンガなんでしょ?」しってるんだ僕、みたいでえれー可愛い。「ロード」がカタカナ英語としての音遊びになっているのが新鮮。「アス」が「明日」に通じる日本語世界なのだと分かるが、わざわざカタカナ英語でダジャレる管理コンピューターの言語法則について、また何か人を食った説明があると素敵。失われた古代語っぽいものを引っぱって名づけたという【ホーム】のエピソードを大事にするなら、アス心内語中の英語「>ルール」「>シーン」「>リズム」「>クイズ」などの扱いが解せない。記号を解くカギはここに?「そうか記号の意味は!」という感想を各所でチラ見ていたので頑張って考えましたが降参。
 

「>それほど不幸じゃない人生」と明るく言った後の大きな空白がはっとさせる。「>わたしの声。届いていますか?」をポツリと呟く、余韻ある幕切れ。ラジオはラジオでも無線通信だった。CQCQ。


A03  アガトの巡礼
シュミを押し付ける重箱。「>また近づいては去っていく。」は「近づいてはまた」の方が好き。
 

この世はしょせん悪の栄える場所であるというカタリ派?みたいな宗教。苦難の巡礼路から異界を目の当たりにする神殿、決断のクライマックスまで、トーン変わらず一気に終わる。穴の存在感が異様。もっともらしい宗教口上を誰も述べないのに次々と人が飛び込むことにも、何だか説得力がある。人々と同じ悲しみを背負っているはずの主人公は穴を選ばなかったが、現世に希望をつなぐための情景が弱く、読後感は穴の迫力に押し流された。


(A04  クロランドの流れ矢)


A05  狼は邪心を知る
首だけの存在を「首だけです」とゆっくり明かすオープニングに、まずは集中しては。「>もう二度と触れることは無いだろうと思っていた」「>焦がれていたはずの陽光」など、彼女の心情もどんどん盛り込まれ、一文のうちに読み手が知っておくべき情報が多すぎる気がする。すぐに消化されない要素も多く、忘れてしまう。「首だけ」という答えを知って(すいません^^;)読んでも「>今となってはその程度の痛みであることが、彼女の現状を自身に知らしめた。」は謎めかしっぷりが分厚すぎるように思った。初読であればなおさら、声についての描写が三段挟まるあいだに謎を忘れ、「>同胞にかつて首だけとなり」以降の説明で普通に納得し、結局「首だけだから髪でぶら提げられても痛くなかった」といういきさつが、宙ぶらりんのまま残されてしまう。不思議な存在がそのまま語り、地の文が時々「不思議でしょ?」と目線を寄こすような語り口は澁澤龍彦みたいで大好き。
 

「>木や水が沈黙を以ってそこにある所以のひとつが、自身の言葉を聴き取らんが為であることに、」 読む方向に合わせて文意が見えてこない。「沈黙」する以上「自身」が指すのが「木や風」であってもおかしくなく、すぐに彼女のことだと思えなかった。「>木や水が沈黙を以ってそこにある」という特徴ある語調は、直前の「>水の匂いと吐息がより近くある。」と妙に被り、いや被ったっていいけど「>所以のひとつ」にくっつかれリズムを乱す。「聴き取らんが為」という大振りな言い方は、そのまま文末へと着地する勢いを作るが、「~ということに、気付いた」という長い裳すそがからまって速度を落とした。「>波を割るように逃亡を企てる。」 何の描写か分からなかった。
 

「>かつて一度だけ目にした海を思わせる深い青だった。」 彼女についてのエピソードがくっついてくる間合いが自然。
 

「>判ずれ」は「はん」と読んでいいのかな。「判ぜられ」でも違うか。「測りかねた」みたいな?
 

竜神の話が挟まるともう色々忘れていて、「>ここ、というのは、天上ではなく地上が、という意味だ」の意味がすぐには分からなかった。姫と大蛇の間で「胴体を探す旅に出る」という言い方はされておらず、大蛇が法力でどうにかするようにも読めていたので、「>では尚のこと、ここから離れては(いけない)」という意味に読めなかったのだと思う。
 

玉座の描写は長い呼吸がリズムを作るが、シメの文末が「>美しく彩られていた。」だと、石が着色されているみたいでおかしく感じる。あれと思っているうちにキーワードの「美しい」が埋もれてしまった気がする。「>恐怖そのものでしかなかった美しいという言葉」で姫を救う、大蛇のコレクターゴコロがかわいい。「>心臓を失くして初めて、彼女は知った」がロマンチック。
 

留学生オチのスピード感がすごい。ジョージの暴走美化でした、で終わるにしては、ロマンチック部分が小説的に描きこまれすぎていた気がしてモヤモヤ。もっと短くても語調が重いので跳躍のタメは十分取れると思う。リョウジの正体がさらに…という追加オチはよく分からなかった。「>全然違う」とツッコまれたときに「君たちのような実例があるじゃないか!」くらいジョージ言いそうなのに。「>自分の首を見」るのはちょっとヘンかもしれない。


A06  たとえ何があっても
魔法と合戦の卓上演習が楽しい。「>兵隊に見立てられた」「>魔術で生み出された」「>次々と倒されて」など、説明ぬきで始まる冒頭に、誰によってそうされたのか動作主のはっきりしない受け身が続き、読む方向を判断するのに少しかかった。「>駒」「>幻の炎」「>マス目」などあるが実物としてのアイテム描写は少なく、目に見える情景が固まらないまま人間関係や棋譜の話になる。両陣営のムードを色分けで表現したように、言い争いながらボードを指さすなど、せっかくの単純化モデルをもっと活用しては。
 

「>悔しさを完璧に押さえ込んでしまうと、彼に従った演習員が白けてしまう。」 人間感情もコマのうち。大リーグの名コーチみたいでかっこいい。
 

「>はっきり言い切ったクェスの言葉にルオンが反応し、クェスを睨み付ける。」 人名が忙しくスイッチし、目がアタフタした。周囲を確認すればどっちがどっちだか理解はできるけども。「>数的優位が勝利の条件とは限らない。」のセリフを読み切っても、まだ私はどっちのセリフだったか分からないでいたので、頼りのこの文で頭を整理させてほしい。
 

「>二人は仲が悪かった。」と以前からの因縁のような語りが始まったのに「>秀才と言われた王弟に初めて敗北を味あわせた」と現在の要素も盛り込まれ、混乱した。「>賊将の孫」の紹介中に「>秀才と言われた王弟」が登場するのもややこしい。
 

「>あんたは今ごろ俺と口きけてないよ」など、仮想の命のやり取りにまつわるシチュエーションが楽しい。「>机上演習の授業で『机上の空論』」とやりこめる。机上演習敗者の言いがちな負け惜しみ、という慣用句として、この世界独自の言い回しになっていたら素敵。
 

天才クェスは孤立状態もコマのひとつとして使いこなしている。不利な要素を抱えての学校生活がどうあるべきか、すべてにおいて戦略が行き届いているように見える。彼が人を寄せ付けないいきさつが「>悪循環」と表現されるが、どうしても好循環に見えてしまい、主人公の心配が切羽詰ったものとして響いてこなかった。主人公が骨折りしてやらなきゃならないようなベタな揉め事要素として、「>下から足を引っ張られること」をもっといやらしく掘り下げてみては。
 

中立の審判として登場し、名前を持たず、親友に対してひたすら無私でい続ける透明な主人公が、首席入学という突出要素を持っていることにびっくり。天才の腰ぎんちゃくに堕さず、成績の角突き合いにも参加しないマイペースぶりは、審判要員としてだけでない部分ですごく評価されているはずなので、ルオンvsクェスとしてガッチリ出来上がっている絵の中に彼の居場所もあれば、また変化になるかも。クラスメイトが派閥構成員としか理解されておらず、人づきあい分野を得意とする主人公の物の見方としては違和感がある。主人公はクェスに「人間はコマじゃないんだ」的お説教のできるただひとりの存在だと思うので。
 

「>他の連中はいい」はとてもクェスらしい。面倒な人づきあいを主人公に任せておける現状をクェスならこう表現しそうに思えるので、「>恥ずかしいことを臆面もなく」とひとりラブコメ風に照れ始める独白についていけなかった。「>自分が特別な存在だとわかったのが嬉しくて」 拒否されない限り受け入れられてるとわかってる、と言ったばかりなのに、ラブ展開のときだけ物が見えなくなったようでおかしい。こういうもんと思っていたけどオレたちの付き合いって見方を変えればえらくラブだな、と急に恥ずかしくなったシーンなのだと思う。
 

「>だから泥まみれでも邪険に扱うなよー!」が好き。好漢としてのキャラ立てが完了する。引き換えに、クェスのために苦労を耐えるという色づけが宙に浮いて終わる。「>いつも貧乏くじ」「>棘道」と表現される不幸が何だか言葉だけに聞こえ、物語の始まりから比べて変わったはずのものが見えなかった。


A07  ドM道
道の誤変換を助走にして、ぐいぐいと遊びの道を突き進む。「>龍とか人魚姫とか妖精とかが好きです」が好きです。「>気持ちがいいことは否定しません」うっふっふ。「>吐息交じりに言われてもなぁ」むっふっふ。起こっていることのダイレクト描写もいいけど、ワンクッション置いた仕打ちが効く。さらっと迂回、でもあらキッチリ技をかけられていたわ、という間合いがいいのです。M自白。
 

「>未確認生物」という以外に名付けようがないものについての話なのだとは思うけど、「報告」されたり「見え」たりしている人が関る文章中で「未確認」はやっぱりおかしいと思う。未分類とか、未決着とか?「そんなあ、未決囚みたいじゃないですかあああ」と気持ちよさげな声が聞こえ…いや、踏まれることと苛められることは、ミッチーにとってイコールじゃなかった。忘れられて寂しいのだから放置プレイもお好みじゃない。タイトルから期待するほどにはM的思考が世界に大きく響かない印象。冒頭からたっぷり描写されたクロードの劣等感に、M的ナニカによる救済があるんだと勝手に期待していた読み手M。Mで地球を救うぐらいのことがあっていい。いやそんなことなくていい。M反省。
 

道を拓いた誰かに感謝する、というメッセージが登場するが、クロードは「道を拓いた側」に自分を当てはめるだけで終わる。功績ある開拓者として花を持たせてもらったのはいいが、弟のためにもっと心を広く持たねば、という自責のようなものだって変わらず残ると思う。クロード自身も誰かが拓いた道の上にいる、ということから何かの気付きが起これば、ラストシーンはまた別の展開を遠望する道となって拓けるのでは。


A08  大都会の秘密基地
よく分かりませんでした。誰にとっての冒険か。そもそも冒険じゃないのか。ですます語尾に時々挟まる「~らしい。」という距離の変化は誰へ向けてか。そもそも誰かへ向けて語られてはいないのか。
 

「>満足にサッカーのように思い切りボールを蹴る事が」「>しかし疲れは隠せないみたいで」「>リーダーに追随して走るのを止め」など、日本語に読む楽しみがなかった。「>どんな場所なのか興味が沸いてきました。」「>青木と長島は快諾し、」 この物語にとって不可欠の人間が、この物語にとって不可欠の決断をした、という感じがしなかった。


公園・サッカーの要素が付け足しすぎる。公園はただ建物に乗っかっているだけではない、というネタなのに、物語の構造が「公園」と「下水処理場」を分離させてしまっている。ホームページには「下水処理場の上にある公園です」ということが誇らしく謳ってあったと思う。中学生なら理解できないはずがない。「子供らしい好奇心に導かれ思いもよらない大人の世界に迷い込んだ」という図式だけを押し付けられている気分。


A09  空の果て、あの道に
「>ベット」は習慣か入力のはずみか。よくある表記だけど私は「ベッド」が落ち着くので。
 

語りのように始まる冒頭。その部屋に誰がいてどっちが何をしたのか、理解するのに頭を使った。人称よりも優先させるものがあるときは、ドンくさく見えても人物の居場所説明は念入りなくらいの方がいいと思う。
 

「>自分の未練を残して死ぬなど許せなかった。」 どこがどうというのではないが理解がひっかかる言い回し。「未練を残して」という言葉が「誰かに言い残して・未練を世界に実体化させて」という意味に取られている?「未練を残す」をパッと読むと私は「悔いがあるという状態」そのものを連想するので、そこの食い違いだろうか。「許せなかった」も何かが言い足りない感じ。自分の信条が許さない、とかそういうことだろうか。
 

「>結婚が決まってから、」 決まっていたのか。すっかり「はっきりするのはこれから」と思っていた。馬車で出かけた先にまつわる具体的な何かが重要なのではなく、道は思い出をひっくるめた遠い感情の象徴なのだろうけど、私はそれを物語で読みたい。「>結婚が決まってから、恥ずかしくてヨウに会うことができなくなっていたレンはキリの優しさが嬉しかった。」この一文がシーンの要点を全部言ってしまった。その後人が死んだことも、それを悼んで生きた女がいることも、終わったこととして手短にまとめられる。
 

「>三人分の足音が、ぴたりと止まった。」は、別の三人を重ねているようにもそうでないようにも見える。もっとあざとく「>悔いがあるならただ一つ。また、あの道を三人で歩きたい。」あたりで、改めて情景が重ねられていると好き。同名の看守の存在はピンと来なかった。命を投げ出すこととのつながりが駆け足のように思う。


A10  月のゆりかご
片手落ちの不老不死に絶望した世界。「>なんだったら、あたしんちでどう?」「>こんな汚い旅人で良かったら、な」あたりの両者の遠慮が普通にみずみずしいボーイ・ミーツ・ガールで、真っ当な生命力が残っているように見えた。ばさばさに乾いた質感を小さなやり取りにまで徹底させたら、千年単位の絶望と「人類最後の」恋がもっと劇的に立ち上がるのでは。
 

「>例えその子の産まれ方が、かつてと違うものであっても」 二千年以上昔のあり方を未だに「本来の姿」として懐かしんでいる様子は、もっと異様なこととして強調されてほしい。人類や文明のあり方に大きな解釈の変化は生まれず、昨日と同じ今日が続いてきたことは、それだけでSF的描写の価値があると思う。「>材料の量産まで、もう少しなんだ」と、時間の感覚が私たちと似たような感じだけど、いつまでだって待てるはず。不死者にとっては二千年前もつい昨日だし、量産が可能になる未来もほんの明日だ、とかのディテールが物語の足場を広げ、少人数不死者の世界という異様な時空の基礎を支えると思う。


A11  かえりみち
人が死に、本人が来てそれを語る。個人的に苦手な道具だてなのだけど、「>いつもほとんど吸わないくせに、こんなときだけ大人の男のポーズ」という処理が小説的に胸をえぐる。終幕で待つこの煙草いっぽんに、読み手の私も引き寄せられて読んだのだと思う。


A12  もんどう 注
これが「物語中に登場人物が入手した暗号の紙片」とその解除展開のようなものだったら好きだった。感想を見回すと、仮名文に取り組んでいる読み手さんが最もドラマチックで、つまり普通それがお話の中心になる。小説中に暗号や数式がばんばん出てきても、解いているキャラたちの会話の中でひらめきや伏線が展開され、私にとってそこが読む楽しみ。そういう小説でメモを取り、実際にパズルに挑戦してみるのも付随的娯楽としては楽しいが、暗号部分に熱中しないタチの私は、眺めることしかできなかったでした。
 

繰り返し使われる長段部分が仮名にされているのはテーマ別の色分け作業のためと理解できたけど、36以降の仮名にはその表記でなければならない理由が分からなかった。1、2、3、と段階的に漢字率上がり腑分けが進んで行くのだし、ページの眺望としても文章理解が溶けていく進行描写としてもキレイに進んだものが、そこで途切れた。キレイと言えば36で終わった方が好きだった。39項あることには意味が?「>多謝」がストレートに「読んでくれてありがとう」というメッセージであるなら、それは献辞かあとがきの領分では。「1、何々してみよう」という呟きで繋いできたものと同じナンバリングでくくることに違和感。
 

「番号つきの誰か」の立場が分からない。「>判りません」「>つまり?」など、問答法の弟子役を担っているように進むが「>コタエ」を提示したりありがとうと言ったり、形式がブレて終わる。ヒントの少ない文章こそ形式にとらわれ続けなきゃいけないと思う。兵法と向き合っているのは誰なのか。もちろん読み手でもあるけど、それはフィクションとして何者であるのかを名乗ってくれた後にしたい。

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はじめまして
Aブロックでご一緒でした、玖乃さゆらと申します。
歩く猫さんの感想、私も待っていました!
辛口感想には嬉しい半面めげやすいのですが、歩く猫さんは的確かつズバリとどこがこうしたほうがよい、と書かれているのでとても参考になります。覆面のいいところでもあり悪いところでもある、感想をたくさんもらいすぎて自分でもどこが直していいのか分からなくなってしまう現象(と勝手に私は思っています)に毎度頭を悩ませているのですが「ああ、だからここがおかしいのか」など作品を冷静に見つめ直すことができました。

感想ありがとうございました。
そしておつかれさまです!
玖乃 2009/09/19(Sat)11:41:47 編集
Re:はじめまして
玖乃さんはじめまして、ご訪問恐縮です!

小説を読むときの理解の動きを追うあまり、遠慮を脇へ置いたずけずけ感想になってしまいました。参考になると言っていただけ、自分ひとりのメモじゃなく人に伝わる言葉にできたかなとホッとしております。

自分が読み手として「ここが好き」「ここがおかしい」と感じたときの具体的な条件を、書き手として意識していければと思っております。書き手と読み手は色々で、なかなか等価に入れ替わることはないかもしれないのですが、作品が覆面状態でズラリ並ぶと作風や文体の壁を低く感じます。玖乃さんの書かれる静かな情景は私も憧れる要素なので、つい身近な気持ちで仮想推敲をさせていただきました。私に見えていなかったものもあると思いますが、何かの糸口に使っていただければ光栄です。ありがとうございました!
【2009/09/20 08:20】
長文辛口大変有用!
こんにちは。覆面作家企画4でご一緒したtomoyaです。
待ちわびていました! 感想ありがとうございます! ようやく本物の正直にして真面目な批判的感想文を読んだような気がします。形式としては初めてのスタイルだったと自分でも思うので、読者に与えた効果がまた一つわかって有り難かったです。
数字で分断して謝辞まで書くスタイルは、人によっては褒められたんですが、一番の問題点は筋のぶれだと思った。読者にとっての読み位置が不安定で十分な効果がでなかったのかもしれない。フリースタイルは難しいね!

締め切りのすごさは私も思いました。堅苦しいけど、規則や体裁、法則、礼儀作法といったものは楽に生きるための手引書なんですよね。従っていた方が楽です。それで実力以上の力が出たりします。
自由って二択なのだ。やるかやらないかは自分次第。厳しさも自分次第。どっちに転んでも評価するのは自分だけです。どういう自分を愛するか、だけなのだと思います。自由を選択するのは自分を裏切らなかったからだと思います。感想文は本当にお疲れ様でした。
ご一緒する機会がありましたら、その時はまたどうぞよろしく! ご一緒できてとても楽しかったです!
tomoya 2009/09/19(Sat)09:53:11 編集
Re:長文辛口大変有用!
tomoyaさんこんばんは、初めての同ブロックお世話になりました!

意欲的な挑戦に推理・感想どこを回っても一大「もんどう」旋風が巻き起こっており、「さて私はどう感じるかな」と意識を研ぎ澄ませて臨みました。あいにく「うーんと唸る派」だったようで、形式を眺めただけの感想になってしまいましたが、読み手として感じたものの断片は逐一吐き出してみたつもりですので、ニュースタイルの道を固める敷石の一個にでもしていただければ嬉しいです。文字遊び、数字遊び、解釈遊びと、活字でできる多彩な可能性に気づかせていただき、私のほうも大収穫です。

自由の定義は色々ですね。規則に縛られた状態での模索が逆に自由な発想につながったり。創作の自由に賭けたtomoyaさんと違って、私の選択は、顔の見える相手に(怖くて^^)自作を読んでもらうことがない書き手が、初読の印象を間接的にでも知る手がかりにしたいという勝手な動機から始まったものでありまして、覆面の楽しみ方は色々というところに甘え、遠慮の線引きを大きく踏み越えた感想になりました。自己完結ながら、創作に活かしていくことで作者さまへのお礼にしようと思います。こちらこそご一緒できて楽しかったです。ありがとうございました!
【2009/09/20 07:55】
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