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王さまとブヨピヨ(4)
戻ってみると、都は混乱状態でした。
クドージンは政治的活動ばかりを警戒し、商業活動への指示を忘れていたのです。
お土産屋では崩れた王宮の欠片が売られているし、上空から怪物の寝顔を見る気球ツアーには行列ができています。
何より街路には自称魔法使いがあふれ、あんたを次の王さまにしたげるよシャチョーと客引きをしている有様でした。
「何てことだ。これでは何かあったときパニックが」
クドージンはすぐさま対策に走ります。
「私ひとりではさばききれない。ヨーコリーナさん、人形をお貸しいただけますか」
「いいわよー」
ヨーコリーナの私物となっていたクドージン・ドール(シルバー)は、なぜかカボチャブルマにタイツ姿でした。
「何ですか、これは」
「王さまコス。露店で売ってたから。本物と見分けがつきやすいと思ってー」
「私が王さまの格好でウロウロしたら、謀反の意志かと思われるでしょう」
「大丈夫、冗談にしか見えないわよ。すべってるけどー」
「自分がすべってるのはいたたまれないです」
安っぽい王冠を何とか没収したクドージンは、てかてかタイツには目をつぶり、人形に指示を与えました。
そこへ。
「見て! 今度は緑色の怪物が現れたわ! 大橋の向こうよ!」
人々が見回すと、都を囲んで流れる川の向こう岸に、巨大な緑色が盛り上がっています。
「ピンクのやつのバージョン違いっスかね! 可愛いなあ」
「見に行こう見に行こう」
「河原の大テントでは、プロレス団体が興業をやってるそうじゃ」
「それも、見に行こう見に行こう」
セリフくさいやりとりにつられ、群衆はゾロゾロと橋を渡って出ていきました。
川は都を守る壕の役目もあるので、大橋の門を閉めてしまえば、都には誰も入って来られません。
「しばらくは、私の目くらましで楽しんでてもらいましょ」
「これで落ち着いて仕事にかかれます」
リューとクドージンは晴れ晴れとうなずきを交わします。
「そうだリューぽん、ドールの電池切れそうだから、充電しといて」
「はいはい……これだから人間とつき合うのヤだわ。根が善良だからつい便利屋しちゃうのよね。んー」
「リュ、リューさん!」
「おっと、あっちか」
なんやかんやとありまして。
静まり返った王宮跡地で、太古生物への対話実験が始まりました。
アマネリアがひらひら飛びながら神代言語で呼びかけます。
「こんにちは、ピンクのぷにぷにさん。私はアマネリア。よかったらおしゃべりしましょ」
「ンン、ア、アマネリア」
「わわ、起きた……」
「そうよアマネリア。お友だちになれるかな。あなたの名前を教えてくれる?」
「オレノ、ナマエ」
「そうよ。本当の名前は、何ていうの?」
「ホントウノ、ナマエハ……」
怪物が苦しそうに身じろぎし始め、アマネリアはパタパタと戻ってきました。
「どうなったの。よそへ移ってもらえるの」
「えっとなんか、本当の名前は、本来の姿と一緒に今まで封じられてて、聞かれたら思い出すシステムだったみたいで、その、今から本来の姿に戻るって」
「ええー!」
「どうすんのよ! これ以上わけ分かんない化け物出てきたらどうすんの!」
「ごめんなさいー! 神代言語初級は自己紹介はじまりなんだものー!」
ピンクの小山は内側から異様な光を発し、徐々に輪郭を失っていきます。
「あ、巨大化しないわ。縮んでく」
光が消えてしまうと、怪物の巨体があった場所には、がれきのないスペースが広がっていました。
「人が……いる?」
広々とした更地の中心に、男が立っています。
「キョロキョロしてる」
「こっちに来るっスよ」
「どうすんの、何て挨拶すんの」
「アマネリアちゃんは?」
「私のポケットに入って震えてる。ちょっと、おかしなとこにしがみつかないで」
リューが股間をごそごそしているあいだに、男はすぐそばまで来ていました。
「おい」
「うははい、ナイストゥーミーチュー」
「お前、煙草持ってるな」
「乾燥葉ですが」
リューがハーブ袋から差し出した香りのいいシガーリーフは、空中で粉々になりながら流れていき、同時に
「うわ」
ニッシーナの懐から魔法書が飛び出して、ブヨピヨのページが破り取られたと思うと、褐色の粉がくるくると巻き込まれていきました。
「ああ、紙巻煙草……」
「フッ」
鋭く吐いた息が火花となって煙草にともり、男はゆったりと吸い付けます。
「見事ねえ。プロの私でも術の構造が見抜けないわ」
リューがうっとりつぶやくと、男は面倒臭そうに煙を吐きました。
「四大元素は俺のしもべだ」
「ワ、ワシを五番目のしもべにしてんか」
フラフラとよろけ出たのはベンテーン卿です。
「むふ、燃える想いでお煙草の火ーくらいいつでもつけまっせ」
「叔父上、どうなさったのです」
「アカン、抑えられん。ワシの中で恋の花火が爆裂中や。ちょっと脱ご」
ベンテーン卿は息を荒げて服を脱ぎはじめました。
「熱い、熱いわ、下半身がドラゴン花火や」
「発火現象ということか」
「そうや。六尺玉が打ち上がるでえ~」
「では打ち上がれ」
男が言うと、ベンテーン卿はまっすぐ空へ飛んでいきました。
「わーー!」
パーーン!
晴天に大きく咲いたスマイル花火に、川向こうの群衆からも喝采が上がります。
「叔父上ー!!」
悲鳴を上げてへたりこんだタニ家の双子に、リューは片手を振ってみせました。
「大丈夫、目くらましよ。人間がパーンと打ち上がるなんて、あるわけない……でしょ」
語尾に若干の迷いが残りましたが、双子は抱き合って泣いています。
「これで僕らが伯爵領の主だよ、タニ・キュー!」
「もう日陰者じゃないんだ、タニ・ロク!」
「あんたたち、目くらましよ、死んでない、わよ多分」
リューは男の表情をチラチラ探りますが、姿からは何も読み取れません。
「ふうむ。名前と姿を厳重に封じられてたことといい、あなたさまは高名な錬金術師でらっしゃるのかしら。私はリュー、ケチな魔導屋よ。同輩のよしみでお名前をうかがいたいのだけど」
「俺の本当の名を知ったら、その瞬間にお前たちの神経は焼き切れてしまうだろう」
「はあ」
「俺のことは、明けの明星とでも呼ぶがいい」
「明けの明星」
ニッシーナが真っ青になっています。
「それって、最高位の天使将軍の別名ッス。神に背いて地の底に封じられたという」
「あら、さすが坊主の子ね……ということはこいつは」
「悪魔くん!」
「どうして可愛く言うの!」
「だって怖いっス! こっち見た!」
抱き合うニッシーナとリューに、三白眼がひたと据えられます。
「悪魔とは『神の敵対者』という意味の記号にすぎない。俺は神になるつもりだ。覚えておけ」
「かっ……」
「か?」
ヨシザワス王がきょろきょろと見回すと、クドージンがあさっての方を向いています。
「お前今、かっこいいって言いそうになった?」
「陛下、私はただ」
目の端で何かを見定めた天使将軍は、細く煙を吐きました。蛇のような煙が流れ出て、クドージンにまといつきます。
「自然は俺の意のままだが、人間のしもべは持ったことがない。お前は使えそうだな。俺と来るか」
「あの……しかし」
「おい! 連れて行けはしないぞ! こっちには誓約書があるんだからな!」
ヨシザワス王は、震える手で紙きれを突きつけました。
将軍はくわえ煙草のまま読み上げます。
「私ことクドージンは、ヨシザワス王に報酬なしで終生仕えることをここに誓う……お前、ひどい条件で身を売ったものだな」
「はあ。太股の件をバラすぞと脅されまして。何かを飲まされたようで、自分でも覚えてはいないのですが」
「どっちが悪魔の所行だ。おい、そこのてかてか衣装のお前、お前も一筆書け」
クドージンと同じ顔をした人形は、クドージンと同じ筆跡で、指示されるままに書きました。
「私ことクドージンは、永遠の命と引き替えに、明けの明星の将軍のしもべとなることをここに誓う」
「永遠だって。うらやましーっス」
「バカね。未来永劫ただ働きってことよ」
「よし。拇印も全く同じだな」
将軍は新しい誓約書を王に掲げてみせました。
「これで俺にも権利がある。王よ、仲良くひとりずつ取ろうじゃないか」
「何だと? されるがままのでく人形なんていらないよ!」
「俺とて同じだ。あやまたず見分けて選べ」
将軍がパチリと指を鳴らすと、突風が吹き上がります。
「わあ!」
「マントが!」
宙を飛んだタニ・キューとタニ・ロクのマントは、二人のクドージンをもみくちゃにしたあと、ひとりずつに具合よく巻きつきました。
「シャッフルされちゃった」
「眼鏡も飛ばされてる。もう分からないよ」
「先に選ばせてやる。存分に見比べろ。マントに触るなよ」
将軍はそう言って数歩さがり、読めない表情で見守っています。
「おさわりなしかあ」
「さわれば汁出す方が人形なのにねえ」
「本物のくどりんだって汁ぐらい出るわよ」
「や、やめてください」
「これもいつもの口癖だし。私がキスを迫ったらどうかしら? 人形の方は、快感が甦ってうっとりすると思うんだけど」
「自信家っスねー」
協議の結果、リューがギリギリ触らない距離まで唇を近づけてみることになりました。
「いやらしーくお願いしますね」
「分かってるわよ。衆人環視の中ってのもおかしな感じね。さて」
「どうどう?」
「うーん」
「男優さん、もっとムード出して」
「やってるわよ! でもどっちも普通に困惑してる感じで、あんまり見分けが……私のキスは病みつきになるはずなのに」
「比較の問題じゃないっスか? 命を吹き込まれて初めてされたキスがものすごかったら、それが普通と思っちゃうんじゃ」
「んま、贅沢な子ね!」
リューがクドージンの肩口をパンとはたくと。
「そっちにするのか」
背後で静かな声が言いました。
「違う違う、今のなし、ちょっとツッコミ入れただけよ」
「ツッコミ? 知らんな」
「待てよ!」
ヨシザワス王が、オロオロするリューを押しのけます。
「ツッコミはれっきとした儀礼上の手振りだよ! 触ったんじゃない、認めろ!」
「人間のルールだろう」
「そっちは魔術使うくせに、ツッコミくらい容認しろよな!」
「すごいなあ。悪魔相手にゴネてる」
「根っからの理屈屋なのねえ」
ちょっと王を見直している一同をよそに、将軍はニヤリと笑いました。
「魔法を使わず見分ければよいのだな」
コツ、コツ、コツ。
将軍はゆっくりと歩き始めました。
「靴音まで怖いっス~」
「緊張に耐えられなくなって、もー降参ごめんなさいって言わせる心理作戦かもしれないのよ。気をしっかり」
将軍は、二人のクドージンに対して大きく右から回り込み、少し左へ戻りました。そしてまた右へ数歩。
「決まったぞ。俺はこちらをもらう」
一方のクドージンの、肩にはねあげてあるマントの端を、ハラリと落とすと。
「あのくたびれた宮廷装束は、人間の方!」
「当たりだ!」
「ちょっと、ヤムチャか誰かいないの! 今のバトルの解説しなさいよ!」
どよめく一同に、天使将軍はフンと鼻を鳴らしました。
「人形の方は、左右どちらに対しても同じ程度に注意を向けたが、人間は、傷のある側に回られたときだけ、わずかに警戒の度が増した。痛みを受けた経験としての傷を持つ者と、単なる飾りだけの者の違いだ」
「なるほど」
「いちいちかっこいいわねえ」
「ヤムチャというルールはこれでいいのか。解説の義務は果たしたぞ」
「ぶ、律儀ねえ。よろしい、文句ないわ。クドージンは未来永劫あなたのものよ!」
「勝手に悪魔と契約しないでください……」
「やだ、くどりん行かないでー」
「人形からかってもつまらないよー」
約二名の反対派が騒いでいると、壊れていた噴水がピシャーッと水を噴き上げました。
「ダイジョウブ。メモリ増設すれば、おうむ返し以外にも行動バリエーション増やせるヨ」
「女神さま!」
水たまりからどっこいしょと現れた女神は、濡れた指先でドールの頬をなぞります。
「本物なら嫌がるようなどぎついシチュエーションも、望みのままネ」
「えー、それ嬉しいかも」
「そうかな。嫌がるのがイイのに」
「鬼ねあんたは。悪魔に売られた方が彼のためだわ。にしても女神さま、どうしてここへ?」
「なんかものすごい引力場を感じて見に来たヨ。これだけのエナジーフィールド形成できるの、世界征服を企む級の妄想だけネ」
「あ、いますいます。神になる宣言したひと」
「フーン」
女神は将軍を鋭く検分し、将軍とクドージンはジリと身構えました。
「……なんか、悪魔調伏でも始まりそうっス」
「女神さまって、エクソシストもやるの?」
護符や宝珠をじゃらじゃらさせた胸元から、女神は一気に名刺を引き抜きました。
「礼拝用神像の原型なら工房パトラへ。世界征服、ガンバッテネー!」
~どうでもいい補足情報(2)~
悪魔樋口さんの本名として念頭に置いたのは、堕天使ルシファーもしくはルキフェル。明けの明星を指す語に由来するそーです。byウィキペディア。