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王さまとブヨピヨ(2)
「ピーヨー、プーッススス……」
がれきと化した王宮の上で、ピンクの小山がふくらんだりしぼんだりしています。
「よく寝るわねえ」
「あれって寝てるんスか?」
リューとニッシーナは、並んで怪物を見上げました。
王宮の土台を突き破り、地底深い場所から現れたピンクの怪物は、崩れた壁や重い石材などものともせず、ずっとスヤスヤ眠り続けていました。
「ブー、ピヨスー」
「何なんだよ。ひとの王宮めちゃめちゃにしといて。もっと天変地異とかさー、妖怪大戦争とかさー。おーい! 起きろブヨピヨー! ザオリク! バルス!」
「ちょっと王さま! 素人が適当な呪文唱えちゃダメ!」
「リューさんリューさん。あの人はもう王さまじゃないっスよ」
ドヤ顔のニッシーナですが、ヨシザワス王も負けてはいません。
「怪物に関しては、出てきちゃってるししょーがないから認めるけど、なぞなぞの正解とは無関係だろ。これだけ呼ばれても反応しないんだぞ。あいつほんとにブヨピヨなのか」
「確かに、ブヨピヨってのは単なる封魔キーワードなのよね」
王とニッシーナは胸ぐらをつかみ合ったまま凍りつきました。
「名前じゃないんだ! なぞなぞ無効、王さま続投ー!」
「いやいやリューさん、もっとちゃんと教えてくださいっス!」
リューはやれやれと赤い頭を振りました。
「先史時代よりも、上代太古よりも古い話で、私もあんまり詳しくないんだけどね。あれはずっと次元のはざまに封じられていたらしいの。なのに、あんたたちが円環詠唱でキーワードを繰り返したもんだから、ちょうど鍵穴をくすぐったみたいなもんよ。封じられた時の状態で実体化して、円環の真下に出現しちゃったわけ。解呪のスタンバイ状態とでも言うのかしら」
「ええとつまり?」
「結局、名前かどうかは分からないんスね……」
「詳しくないって言ったでしょ。ところで、封呪、解呪の双方向を記述しないなんて、その魔法書だいぶいいかげんね」
「そうなんスか」
「あんたの家の本でしょ。魔術が家業なんじゃないの」
「うちは教会ッスよ。俺は司祭の隠し子で、コネで騎士身分をもらったっス」
「屈託なく言うわねえ」
「親父がエクソシストに行った先で、たまにこういう怪しいものを回収しちゃうんスよね」
「ところでリューさん」
「あら、いたのクドージンさん。なあに」
「走って来られる距離に魔法使いが住んでいたとは、私は初耳だったのですが」
「あ、あらそう……別に看板出してるわけじゃないから」
「あなたは今までどこにいらっしゃったんですか? まさか、王宮内にずっと?」
「そういえばこいつ、なぞなぞ裁判の細かいいきさつまで、やけに詳しかったぞ」
何だ何だと集まり始めた人々を制し、クドージンは冷静に眼鏡を押し上げました。
「文書室に入るたび不思議に思っていたんです。必要な書類が、魔法のように目の前の棚で見つかる。これ持って早く帰れとでも言わんばかりに。まるで……」
「はいはい。私がやりました」
リューはあっさり両手を上げました。
「読書の邪魔をされたくなかったのよ。人間のあらゆる言語を理解できるせいで、読んでも読んでも読みたい本が尽きないの」
「……全く気がつきませんでした。一体いつから」
「そうがっくりしないで。あんたが警備責任者になるずっと前からいたんだから」
「それもショックだ」
「人が静かに読書を楽しんでたのに、空位時代のこの国ったら騒々しくて。あるときおかしな若者が玉座の間で『僕が王さまだ』って言ったから、まあ勢いでそいつを王にしてやったの」
「あ、友達と忍び込んで『王さまと女奴隷』プレイしたときだ」
「王さまって、そんなことで決まっちゃったんスか!」
リューはニヤリと笑い、野次馬のひとりを指さしました。
「私が本気を出せば、そこのじいさんだって王位につけてあげるわよ」
「ふぉっふぉっふぉ。ワシが王さまとは、愉快じゃのう」
「おじいちゃん素敵ー。ほらほらつかまって」
「ありがとのう、ヨーコリーナちゃん」
広場は、避難してきた人々でごった返しています。
番兵に囲まれた一画には、入牢中だったゴクラック伯爵もいました。
「叔父上、悔しいではありませんか。我々を苦しめてきた暴政が、魔法使いの差し金だったとは」
「道理でむちゃくちゃな法律が通ったはずですよ」
双子のタニ・ロクとタニ・キューはそう言って地団太を踏みましたが、手縄を打たれたベンテーン卿は、粗末なベンチでうなだれていました。
「こうして縛って引き回すなんて、陛下ったらどこまでワシをゾクゾクさせる気や」
「叔父上の移送を命じたのは、クドージンですよ」
「王は、『いいじゃん、獄舎ごとつぶれてもらったら』って言ってましたよ」
「恋はあまのじゃくやなあ」
ベンテーン卿は、青空を見上げてしょっぱい涙をぬぐうのでした。
「そもそも王権に正当性なーし!」
「ヨシザワス王は退位しろー!」
爆睡中の怪物に大した動きがないと分かると、王の周りでは結局さっきの続きが始まっていました。
「裁判無効ー! そもそも王位無効ー!」
「そもそもうるさーい、お前らの存在が無効ー!」
「埒があかないなあ」
「リューさん、今からでも遅くないっス、奴から王位を取り上げてくださいよ」
リューは頑固に腕組みしています。
「やーよ。あんたたちの言う正当性って何。そいつを王位につけた魔法は認めないくせに、排除するときは私の力を借りたいわけ」
「ただとは言わないっス。貴族連合で資金を出して、新しく専用読書室をプレゼントするっス」
「私はそういうことでは動かないの」
リューはそっぽを向き、ヨシザワス王はしゃがみこんでため息をつきました。
「じゃあせめて、あれの退治方法が分かるまで協力してよ。このままじゃ誰が王位につくにしたって、国の再建なんかできゃしない」
「あ、弱気。気持ちが退位に傾いてきたっスね」
「違わーい!」
「王さまビビってるー!」
「ビビってねえ!」
「タニ家のしょくーん、チャンスっスよー」
「ホントですか!」
「ひー! 分かった分かった」
リューは耳をふさいで若者たちを蹴散らしました。
「やるわよ、やりゃいいんでしょ。静かな生活を取り戻すためにね」
「魔法使いさんありがとう!」
声を揃えた王とニッシーナをにらみつけ、リューはがしがしと頭を掻きました。
「だけど本当に、私の守備範囲外なの。上代太古までさかのぼるとなると、書かれた記録はその『ポチモン大全』みたいにいいかげんなものばかりよ。エルフあたりに聞かなきゃ」
「エルフって、妖精の?」
「妖精の知り合い、誰かいないか」
「ナンパしたコの中に妖精いたかなー」
「何か情報はありませんか? オウチさん」
クドージンが声をかけたのは、さっきの老人です。
「ほらほらおじいちゃん、呼ばれたわよ」
「ありがとのう、ヨーコリーナちゃん」
彼らはよぼよぼの老人とかいがいしく付き添う孫娘、という偽装で各地を探る、ヨシザワス王の間者でした。
(第三話へつづく!)