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王さまとブヨピヨ(3)
「じいさん孝行の巨乳娘になら、バカな男はなんだってしゃべるでしょうね」
「汚い手口だなあ」
ひそひそと遠巻きにする男たちを無視して、孫娘役のヨーコリーナは記憶をたどりました。
「んー、聞こえてきた噂話で有望そうなのはあ、森に住んでるきこりの話かな? ひとり暮らしが長すぎて、とうとう妖精見るようになっちゃったんだって」
「うわ、大丈夫っスか? さらってきた子を妖精とか言い張ってるんじゃ?」
「ピンクの髪のメガネっ娘らしいわー」
「きっと好みのタイプがそうなんだ。キモドリーム!」
おや、とリューが顔を上げました。
「ピンク頭って……エバーパインの森のエルフ族がそうだけど」
「あ、きこりの名前はサミー・エバー(永)パイン(松)だったわよ。平民だから住所が名字なのね。だっさーい」
「決まりじゃない! さっそく妖精に会いに行きましょ!」
ヨーコリーナの道案内で、ヨシザワス王とクドージン、貴族連合からはニッシーナとベンテーン卿、中立の立場として魔法使いのリューが、エバーパインの森に向かうことになりました。
「青カンピクニックに誘っていただけるなんて光栄やで、陛下~」
「きれいな湖だなあ。僕は現代っ子だからゴミを捨てて帰ろう」
「いけません陛下。留守中タニ家の双子におかしな動きをさせないための、大事な人質ですから」
ベンテーン卿をかばったクドージンが蹴られていると、わざとらしく近づいたヨーコリーナがよろけます。
「キャ、くどりん落ちるー」
クドージンはすばやくヨーコリーナの腕を取りました。
「気をつけて。ここは湖ではなく巨大な陥没孔なんです。ほら、水は澄んでいるのに水底が見えない」
「やん、胸が当たってる」
「お、押さないでください。このあたりはきっと岸辺からまっすぐ底なしの、うわ!」
どぷん!
地味な水音を立てて落っこちたクドージンは、あっという間に見えなくなりました。
「くどりーん!」
「俺が行くっス!」
ニッシーナがすぐさま上着を脱ぎ捨てます。
「待って! 沈み方がおかしな感じだったわ。この水には何か妙な力が……」
リューが言い終わらないうちに水面がぐるぐると渦巻き、浅黒い肌に薄物をべったり張り付かせた女神が現れました。
「オマエが落としたのは、金のクドージンカ、銀のクドージンカ、普通のクドージンカ」
「ふ、ふつうのです」
「チッ」
「女神さま、舌打ちした?」
「最近パターン読まれてて、皆そう答えるヨー。毎度金銀あげてたらメタルカラー尽きた。今回から通常塗装ネ」
「うわーー!」
ごろごろっと草地に放り出されたのは、細部に至るまでそっくりに再現された、クドージンの等身大スーパーリアルドールでした。
「眼鏡のフレームだけ金銀塗り分けといたヨ。あと汁出る機能はサービスネ」
「何ですかそれは」
「アラアラ、カマトトネー。特定の部位を刺激すると特定の反応が起きるアレに決まってるヨー」
女神はクスクス笑いながら水中に沈んで行ってしまいました。
「自由なファンタジーねえ」
「くどりんがいっぱーい」
「特定の部位。ここかな」
「陛下、おやめください」
山積みのクドージンのあいだから、普通のクドージンがもがき出ます。
「えらい目にあいました」
「まあまあ、命びろいしてよかったじゃないの」
「妙なおまけつきですがね……これ、どうしましょう」
クドージンはぐったりしている二体の自分を悲しく眺めます。
「ここまでリアルな自分の水死体を放置していくのは、どうも寝覚めが」
「穴でも掘って埋めようか」
「埋葬みたいで嫌です。陛下」
「疑似死より疑似生とシャレこみましょ。この場合」
リューはそう言って人形を抱き起こし、ぶちゅっと吸いつきました。
「リュ、リューさん! 舌ー……!」
「リュ、リューサン シター」
「はいこっちの彼も。ちゅー」
「やめてください! ああ舌……」
「ヤメテクダサイ アアシタ」
人間のクドージンが上げた悲鳴はそっくり繰り返され、人形たちはキスで命を吹き込まれたのでした。
「即席生命だから、今日一日ぐらいしかもたないけどね。自分の足で歩いて行ってもらいましょ」
「はあ……」
「わあい♪両手にくどりーん」
エバーパインの森はきちんとしたやりかたで間伐されており、切り株の処理をたどっていくと、きこりの家は難なく見つかりました。
一行は低木のかげに隠れて様子をうかがいます。背中を丸めて薪割り台に腰掛けているのが、どうやらサミー・エバーパインのようです。
「お前もさあ。いつまでも俺みたいなもんに関わってねえでよお、もっと妖精らしくだなあ」
「ひとりでブツブツしゃべってるっスよ、こわー」
「違うわ。虫みたいのが飛んでる」
きこりの周りをひらひらと飛んでいる何かは、春のつららから雫がピタンと落ちるような、弾ける声音で話しました。
「サミーってば。妖精らしくってなあに」
「だから、子供を勇気づけたりだな」
「ティンカーベルみたいな? サミーってああいうの好きなんだ」
「違うって」
「やってあげてもいいよ。んしょ、ミニスカにしてー、髪アップにして、魔法の粉でキラキラ! ねえ可愛い?」
「バ、バッカやろう」
「うひゃ! めちゃくちゃ嬉しそうっス!」
「バカ、シーッ!」
「ごめんっス、ついキモくて」
「誰だ!」
恥ずかしさでテンパったきこりは、薪割り用の斧を構えました。
「サミーさん落ち着いてください。私は王宮執務官のクドージン、実は折り入ってお願いが」
両手を広げてクドージンが出ていくと、きこりは青ざめて斧を取り落としました。
「人間が三重に見える……」
「サミーさん、違います」ガイマス」マス」
必死に打ち消すクドージンの身振りも言葉も人形二体がそっくり真似るので、悪夢っぽい残像にしか見えません。
きこりはガクガク震えて頭を抱えました。
「何もかも、俺の幻覚だったんだな……、うああああ!」
「あかんキレかけや。うぉりゃーー!」
叫びながら斧をかっぱらったベンテーン卿は、金縁眼鏡の真ん中めがけて振り下ろしました。
「こいつらただの人形やで、オラこっちも!」
「だめ~、一体は残しといてよテンテン!」
ヨーコリーナが抱きついてかばった方のクドージンは、銅合金のフレームを震える指で押し上げます。
「私は生身の方ですが」
「やだー、私ってば命の恩人?」
「何も頭をカチ割らなくても」
眉間を割られた自分にクドージンが合掌すると、銀フレームの生き残りもそれにならいます。
「すまんすまん。陛下のお気に入りや思たら、つい力入ってもてなあ」
「人形、はふ、あ……」
木こりはがくりと膝をつき、エルフが一直線に飛んできて、木こりの手のひらにかじりつきました。
「サミー! 私ちゃんといるよ! ほら!」
「アマネリア」
うるうる見詰め合う二人にリューがそっと近づきます。
「脅かして悪かったわ。その妖精さんに会いたくてはるばる来たの」
「私に?」
「聞きたいことがあって。ブヨピヨって分かる?」
「次元のはざまの太古生物の封魔キーワード?」
「詳しいのね! 助かったわ。その太古生物を手違いで呼び出しちゃったのよ。退魔、除霊、何て呼ぶのか知らないけど、元の場所に片づけてもらえないかしら」
「次元のはざまに戻すのは、私じゃちょっとムリ」
「そう。ファンタジーも難易度によって色々なのね。なんか現実的で、逆にホッとするわ」
「できそうな人を知ってるけど、今ちょうど、『イトカワで一斗缶ドミノ!キラメキ!早積み!大☆作☆戦』で外宇宙に行ってて。帰りはいつになったかな。どなたか軌道計算できませんか?」
「いいの忘れて。やっぱりついてけないわ、全く……」
リューは頭を抱え、アマネリアはきこりの肩に腹ばいになって足をパタパタさせました。
「おネエさん、魔法使い?」
「お兄さんだけどね。古い時代のことは苦手なの」
「事情を話して、どいてもらうことはできるかも」
「本当? ぜひお願いするわ。話せる相手だといいけど」
「神代言語で通じると思うわ。授業取っててよかった」
心配そうなきこりを残して、妖精は一行とともに出発することになりました。
アマネリアはしばらくリューのそばをプルプル飛んでいましたが、そっと赤い頭にとまります。
「魔法使いのおネ、兄さん。私のお願いもきいてくれる?」
「あら、私にできることだったらいくらでもお礼させてちょうだい。何?」
「これがうまくいったら、私を人間にしてほしいの」
「やだ、純愛じゃない。そういうの弱いのよね。応援しちゃうわ」
「どういうことっスか?」
「このコ、あのおっさんのために、長命種の寿命をドブに捨てたいんですって」
「えー! あの小汚い!」
「ムサ汚い!」
「風采あがらないおっさんのためにー!」
「サミー、結構かっこいいんだよー」
短い命だったクドージン・ドール(ゴールド)のために墓を掘りながら、木こりのサミーは大きなくしゃみをしました。
(第四話へつづく!)