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これはK96さんのwebマンガ+イラストサイト「870R」(サイトは18歳以上推奨)「HANA-MARU」からの二次創作です。(HNじゃいこ)
全26話。第1話はこちら。
他のHANA-MARU二次小説はこちらから。
おこさまは よまないでくださいね。
大江戸870夜町(23)
その頃、吉原は花札屋のニュースで持ちきりでした。
「飲み比べで女の対決だってよ」
「遊女にケンカ売ったってのが、何でも頑固な武家娘らしいぜ」
「まさか」
清十郎が凍り付きます。斗貴の足取りを追い、癒着横領のツテを利用しまくって、吉原にたどりついたところです。
「おおい! お嬢さん! お嬢……!」
花札屋の見世格子あたりはすでに押すな押すなの人出でした。
「お嬢さーん」
「頑張れー」
「どっちが勝つかな」
「俺は姉御だ」
「そんなら俺は武家娘」
賭博合法のご時世、あちこちで賭けが始まります。
「おーい花札屋、お前んとこで胴元やれー」
「かしこまり。喜んで。ハルさーん、手伝ってくださいよ。この大事な時にどこまで営業に行ったんだか」
メーカーには事後承諾で協賛を頼むことにして、仁科の樽酒が開けられました。
「じゃんじゃんヤカンに汲み出しておけ。あの様子じゃ、どっちも飲むぞ」
店主の視線の先で、斗貴はチェイサーに甘酒を要求しています。
「フニャッ! 斗貴嬢さん、お水にするニャー」
「だって、飲み慣れたものの方が」
言ってるうちに、一回戦が宣言されました。
「ジャーンケーン、ほいっ」
「カッパとお菊。武家娘の勝ちー」
「ジャーンケーン、ほいっ」
「キュウリとカッパ。また武家娘の勝ちー」
「ジャーンケーン」
ココイチにツキのある斗貴が、まずは三連勝します。
「お皿ちょうだいしましたー」
相手の飲んだ盃が頭上に乗っけられ、しらふなのでまだ余裕はあるはずですが、斗貴はびくびくとバランスを確かめました。
「おや、安定が悪いねえ。びびってんのかい?」
「いいえ。まだまだ飲ませて差し上げますわ」
「かけつけ三杯だ。このウツボ姉さんのアルコール分解力をおなめでないよ」
ジャーンケーン、ほい。
ぐびぐび。
ジャーンケーン、ほい。
ぐびぐび。
「今日は絶好調だ。水みたいに入ってくよー」
「さすがのうわばみ」
「こりゃあウツボ姉で決まりかな」
賭ける江戸っ子たちも真剣です。
「武家娘もなかなかのタマだぜ」
「プロ対素人の一戦でプロに賭けるなんざ粋じゃねえしな」
「粋じゃねえ」
「さあ、張った張った。ウツボ姉御か武家っ娘か」
胴元はギリギリまでベットを受け付けており、甘酒を離そうとしない斗貴の人気がジワジワと上がります。
「ニャニャ、斗貴嬢さん、勝ってるんニャからセーブするニャよ」
「だって、舐めてると落ち着くんだもの」
「ううむ。ありゃ酒豪だ」
「おカタく見せといて、粋だねえ」
「粋だ粋だ」
人々がいきいきしてる間にもウツボ姉さんは負け続け、すっかり出来上がっていきました。
「ういー、苦労知らずのお嬢さま。あたしが世間てもんを教えてやるよ」
ぐびり。
「家財でも着物でも売っとばしゃ、二十両ぐらい作れないこたないのさ。だけどね、身内って案外冷たいもんだよ」
「それを言われるとツラいニャッアッア……」
親方がむせび泣いています。
「ありったけ質に入れても、まだあと二十両足りニャかったンニャッ……高級ひのきと間違えて高級かつぶしを仕入れちまってッ……材木の目方で注文したからえらい額にッ……ニャンともかつぶしパラダイスッ……」
えぐえぐと涙を拭う親方はヨダレもすすっています。
「親方、食べたんですね」
「贅沢食いでちょびっとずつかじったら、返品きかニャくてッ」
「ほらね。男なんて、状況次第で自分の都合を優先させるのさ」
「……そうだわ、叔父上も手のひらを返すようだった。穏健派なんて嘘だったのかしら」
斗貴は兄弟の確執を知りません。しょうもない兄弟ゲンカをズバリ「しょうもないわね」と言ってしまいそうな斗貴は、終始騒動から遠ざけられていたのでした。
「男なんて、ばーっか野郎」
ウツボ姉さんはますます調子が上がっています。
「あっちにもこっちにもいい顔してんのさ。姉さんタイプっス~なんて言っといて、若いコんとこへも出入りしてるのは知ってんだから」
見世の端でビクっとしたのが海老ちゃんです。
「男なんて、どうせ何だってタイプなんですわ」
「あら、分かってくれるかいお嬢さま」
「分かりますとも。近習べったりと思っていたらちゃっかり吉原にも出入りして、兄上ったら」
いったん愚痴のゲートが開けば、あれもこれもと引き合いに出すのが女子飲みです。斗貴はがぶりと甘酒をあおりました。
「パスワードだってそうだわ。一度聞いたら忘れないような恥ずかしい文句にしてあげたのに、兄上ったらメモを保管してたのよ。私の言うことなんか頭に入れる気もないんだわ。八文字くらい暗記してよね」
お兄ちゃんが一生の宝物にしていた「あにうえだいすき」は、招き猫貯金箱の開錠パスだったのでした。そんなことより。
ジャンケンの勝率は、必ず五分に近づきます。
「ウツボ姉御の勝ちー」
「……ふう」
二敗を喫し、斗貴は危なっかしく飲み干しました。
「辛口ってやっぱりカレーとは違うわね」
「ゴニャアアア、斗貴嬢さーん」
「心配しないで親方。いざとなったらこれで何とか、ね」
斗貴はフラフラしながら頭のかんざしを示しました。
ウツボ姉さんが立て膝をパンと払います。
「あんた、いざとなったら誰かが助けに来てくれるとか、甘いこと考えてんのかい」
「男なんて当てにしません。自分の才覚で切り抜けますわ」
「へえ」
ウツボ姉さんはすいと立ちました。頭の盃は小揺るぎもしません。
「あんたの切り札ってこれかい」
「ああっ」
盃を気にした斗貴は、あっさりかんざしを奪われました。
「ふーん。昔、見習いだった頃に見たことがあるよ。異国帰りの男が見せびらかしてた錠前開けだ。ユーの心の鍵もジョンが開けちゃうぜとか言って」
「万次郎さま、帰国してまずは吉原で豪遊?」
「あたしにゃ楊枝ひとつくれなかったくせに、あんたにはこんなプレゼントしてたんだ」
「もう、男って」
何となく面白くない両者です。
「えーい、こうだ!」
ウツボ姉さんはかんざしを表へ投げました。格子の外は黒山の人だかりです。
「おおっと、キャッチじゃ」
最前列でかんざしを受け止めたのは、ちりめんじゃこ問屋・越智屋のご隠居でした。
(第24話へつづく!)