[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
これはK96さんのwebマンガ+イラストサイト「870R」(サイトは18歳以上推奨)「HANA-MARU」からの二次創作です。(HNじゃいこ)
全26話。第1話はこちら。
他のHANA-MARU二次小説はこちらから。
おこさまは よまないでくださいね。
大江戸870夜町(24)
	「む、これは……」
	 ご隠居はかんざしをつくづくと眺めます。
	「昔持っとったピッキング棒に似とるのう」
	「まあ」
	 斗貴は格子のそばへにじって行きました。
	「おじいさん、なぜ正式名をご存知なの?」
	「トモダチのジョンとペアで作ったんじゃ。アメリカでは先住民に間違えられて投獄されることが多くてのう。これで華麗にプリズンブレイクを」
	「そのくだり、聞き覚えがありますわ」
	 アメリカで出会った二人は、東廻りと西廻りでどっちが先に日本に着くか賭けをしたのでした。
	「ふぉっふぉっ。ジョンが子供の頃の嬢ちゃんにこれをやったということは、賭けはジャックの負けじゃな」
	「誰がジャックですか」
	「わしわし。じゃこ屋のジャックじゃ」
	「夢かしらこれ」
	 シュールな展開に、斗貴はかすむ目をこすりました。
	「ええと、じゃこ屋さんがそもそもどうしてアメリカに?」
	「じゃこ網を上げに船を出したら嵐に逢うてのう」
	「まあ」
	「水戸から黒潮に乗ってカムチャツカからアリューシャン、アラスカを経てサンフランシスコに漂着したんじゃが」
	「丈夫な船ですわね」
	「金門橋でぶっ壊れたわい。河口で途方に暮れとる時にジョンに会うたんじゃ。ちょうどゴールドラッシュじゃと教えてもろうて、じゃこ網を砂金さらい網に改造し、一緒に川をさらってのう」
	「はい」
	 シュール要素も飽和状態となり、もう斗貴は無抵抗です。
	「捕鯨船に便乗するっちゅうジョンを西海岸で見送って、わしはアメリカを横断して大西洋からヨーロッパ経由、ロシアから砂漠のキャラバンで中東そしてアジア」
	「地球は丸かったんですね」
	「道中トモダチも増えたわい。これはロシアのツルゲーネフ君」
	 ご隠居が親指で指さし、お供がぺこりと頭を下げます。
	「鶴さんとお呼びください。思想犯なもので」
	「そしてスペイン船員エスカメーリョじゃ」
	「亀さんで結構。逃亡奴隷なもので」
	 彫りの深い番頭風と、地黒の遊び人風な鶴亀コンビは、二人とも町人髷がしっくり似合っています。
	「従者らしく伏し目がちにしとれば目の色は分からんし、ストパーと毛染めで何とかなるもんじゃ。カーッカッカ。さて、わしは嬢ちゃんの負けに張ろうかの」
	 言うだけ言って、ご隠居は花札屋ののれんをくぐりました。
	
	
	「さすがお目が高い。ウツボの方はオッズも上がってございますよ」
	 店主がいそいそと座布団をしつらえます。
	 ご隠居は上がりかまちにちょこんと座りました。
	「さてさて、自由に賭博を楽しめるのも今のうちじゃからのう」
	「というと?」
	「お上は賭博合法の撤回を検討しとるそうじゃ。やっぱり規制は必要なんじゃろのう」
	「また法令が変わるのか」
	「コロコロと面倒くせえなあ」
	「まあまあ。悪いことは悪い場所にまとめておくのがええんじゃよ。謁見控えの間で仲良うなった大名も、そう進言したそうじゃ」
	「じいさん、お目見え身分かい」
	「おやご隠居さま、チキンレースでご登城なさるってお話はご冗談でしたんで? まあま、すっかりだまされた」
	 お目見えセレブと昵懇なのをアピールしたい店主は、すかさずキセルを勧めます。
	「はっは。観光疲れで普通に謁見したわい」
	 ご隠居は調子よくパッパと吸い付けました。
	「上さまに世界周遊の知見をご披露してのう。アメリカだけ見て帰ったジョンが、今では幕府の通商アドバイザーじゃという。わしだって」
	「張り合うねえ」
	「諸国漫遊のスケールがでけえや」
	 江戸っ子たちも感心しきりです。
	「そうそう、ついでに遊女の年季契約の全面撤廃をプレゼンしてきたぞい」
	「は……?」
	 ご隠居は、コンッと吸い殻を落としました。
	「一度契約したらなかなか完済させない遊女の年季契約は、商取引の精神を逸脱した悪質な奴隷売買じゃ。奴隷制は世界的に廃止の方向へ進んでおる。南部の大農場主から農業政策の舵取りを奪い返すには、奴隷を使えなくして生産コストを上げてやりゃええと、リンカーン君にも言うてやったもんじゃて」
	「……リン、誰?」
	「今頃は大きな男になっとるはずじゃ」
	 小説でロシア農奴の苦境を訴えた鶴さんは投獄中に、船奴隷だった亀さんはスペインの商船から、いずれもジャックの手で華麗にプリズンブレイクを果たしたのでした。
	「上さまの側近にも異人がおって、“オー、リンカーンまじすごいネ。ヨッ大統領”とか言うてくれたもんで、すっかりわしの株が上がってのう。上さまにはその場で年季契約の撤廃をご確約いただいた。お布令が出るのは先じゃがの」
	「へえ……」
	「そういうわけで、嬢ちゃんは安心して負けてええぞい。なんせ契約手法自体がなくなるんじゃから」
	「そう、ですわね……えーと?」
	 江戸っ子たちはハタと我に返りました。
	「待て待て。じいさんは武家娘の負けに賭けてんだ」
	「こいつはテコ入れだぜ」
	「八百長だ」
	 一気に不穏な空気が流れます。
	「安心して負けろたあ、汚ねえぜジャックさまよ」
	「川から金がザクザクだあ?」
	「ホラに決まってら」
	「おや、夢がないのう。本当なのに」
	「けっ。こちとら埋蔵金発掘プロジェクトでイテえ目見てんだ」
	「だまされねえぞ」
	 吉澤の被害者が結構いたようで、群衆が騒ぎ始めます。店主はベット窓口を強制クローズしました。
	「困りますねご隠居。店の、いえ吉原全体の出入り禁止にさせていただきますよ」
	「従業員の証文が無効となれば、吉原自体がのうなると言うとるんじゃよ」
	 自分は思い残すことなく豪遊したので、ご隠居はサッパリしたものです。
	「海老ちゃんも小鶴ちゃんも、稼いどる人気遊女はこぞって足抜けじゃ~、ふぉっふぉっふぉっ」
	「賭けはどうなるんでえ」
	「おい花札屋。勝負をキャンセルすんのか」
	 遊里がなくなると聞いて、店主は真っ白になっています。
	 群衆は勝手勝手に騒ぎ出しました。
	「キャンセルだ? 冗談じゃねえ」
	「こんだけの賭けが動いてんだ」
	「お嬢さんも観念しな。プライド賭けた勝負だろ」
	「遊女んなったら俺が通ってやるからよお」
	「俺も俺もー」
	 ご隠居の話が届いていない男たちも加わって、下卑た野次が飛び交い始めます。
	「ちょっとヤバい感じだね。通りへ出な、蛸八、鯨丸」
	 ウツボ姉さんが海チームの用心棒に指示を飛ばしましたが、往来はすでに暴動寸前です。
	「俺たちで源氏名決めようぜー」
	「所属は海チームなー」
	「武家娘は手入れが雑そうだから……、鮫肌ちゃんなんてどうだー」
	「いいぞー」
	「失礼ね、私すべすべです……!」
	 裏声で叫ぶと同時に、斗貴はぐらりと重心を失いました。
	 そのとき。
	「ちょっと待ったー!」
	 人混みからハルが飛び出ます。
	「その勝負、続きはこの方が引き受けるっスー! はい登場!」
	 キュー! という身振りにつられて人垣が割れ、現れたのは仏頂面の陽光太夫でした。
	「はあ。煙草くさーい」
	 急ごしらえの花魁衣装は、桔梗介が着たコスプレの再利用です。
	 群衆は顔を見合わせました。
	「一体何でえ」
	「こりゃつまり……」
	「そう、助太刀ッス! うぶな武家娘を見かねて、ジャンケンカッパ飲みチャンピオンが華麗に立ち上がったっスよー!」
	「おおー!」
	「粋だねえー!」
	 ハルの大振りが江戸っ子のツボにクリーンヒットします。
	 陽光太夫は人垣の花道を通り、格子の前でウツボ姉さんと対峙しました。
	「キャンギャル風情が、勝負に水を差そうってかい」
	「あー、自信がないならいいけどー?」
	「フン、おふざけでないよ」
	 ウツボ姉さんは勢いよく裾を割り、ドンと格子に足をかけました。
	「今日はえらく調子がいいんだ。チャンピオンの座はいただくよ!」
	「わあー!」
	「いいぞー!」
	 賭けは再び活気づき、我に返った店主は、慌ててベット窓口を再開しました。
	
	
	「やっぱり夢かしら、これ」
	 ホロ酔いの斗貴はフラつきながら後ずさりました。カシャカシャッと盃が崩れ落ちます。
	「斗貴さま、斗貴さま」
	 どこかから声がして、斗貴がキョロキョロと見回すと。
	「まあ工藤さん。お店の中にいらしたの?」
	「潜入は地味侍の得意技ですので」
	 樽の後ろから現れた工藤は、身を低くしてにじり寄りました。
	「ジミーズだけで検問の様子を探りに来たら、花札屋の騒動を聞きつけまして」
	 雅がお山に取って返し、キースの馬をぶっ飛ばして、太夫とハルを連れてくる間、工藤が店に張り込んでいたのでした。
	「ここで従業員に紛れて、ヤカンにこっそり水を混ぜておりました」
	 しかしどのヤカンが斗貴に渡るかまでは分からず、工藤は仕方なく相手方のヤカンも水で割っています。
	「道理で。ウツボさんには本当にお水みたいなものだったでしょうね」
	「勝負のお助けにはなりませず。せめて急性アルコール中毒にならぬようにと」
	「まあ、ありがとう工藤さん」
	 工藤は首を振りました。
	「ある御仁に頼まれたのです。その強烈な地味を見込んで頼むと往来ですがりつかれまして。お名前は清十郎どの。お知り合いでしょうか?」
	「いえあの、……さあ」
	 斗貴は畳にのの字を書いています。
	「大層ご心配でしたよ。店の内部には詳しいが、ご自身は界隈に顔が売れすぎているとか」
	「ああ」
	 のの字がザックリと畳をえぐります。
	「吉原の有名人なのね。そんな方は存じません」
	 切り刻まれる畳の惨状に、工藤は清十郎の慌てぶりを思い出しました。
	「違えって。スムーズな聞き込みのためには門番や下男に顔つなぎをだな、そりゃまあ時にはいい目も見るが、いやそのだから……」
	 ザクリ。ザクリ。
	「おいしいお役目でよろしいことね。あーあ、誰だか知らないけど」
	「私に言われても困りますので。お二人とも」
	 遠くでわあっと歓声が上がり、陽光太夫とウツボ姉さんが、ジャンケンポジションで身構えました。
	(第25話へつづく!)
	 
 
	
