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これはK96さんのwebマンガ+イラストサイト「870R」(サイトは18歳以上推奨)「HANA-MARU」からの二次創作であり、「大江戸870夜町(はなまるやちょう)」の続編です。他のHANA-MARU二次小説はこちらから。
おとなむけ。おこさまは よまないでくださいね。
全20話。第一話はこちら
「なるほどなあ、そういうわけやったんか……」
低く呟く関西弁はまぎれもない極楽座座長で、ヨコ丸はきょろきょろと見回しました。
「べそっちょ、どこ行ってたのー」
「国宝盗んだんがバレへんうちにズラかったんやー」
「へー。じゃあ何で戻ってきたのー」
「港で船に乗ろうとしたら、手持ちの紙幣がどれも通用せんかったんやー」
ごちゃごちゃと会話はできますが、照明の落ちたバンケットルームに弁天の姿は見えません。
「ぺぺぴぽぱー♪」
「くそ、リコーダーがうるさくて、位置が特定できんぞ……」
桔梗介はサムライ衣装を着替えておらず、腰の刀を探りました。
「おい、しゃべり続けろ」
「紙幣って、お宝を売った代金ー?」
「それが、古売屋にニセ札つかまされたんや。見かけはちゃんとしたフラン紙幣やったが、よう見たら肖像がルパン三世で」
「海外じゃ気をつけないとー」
「しかも船便の運賃表がぜんぶ【上海発~】で、軽くパニックや。何で上海やねーんてツッコミながら上海大飯店に駆け込んだら、【仁科使節団ご一行さま】で宴会入っとるし、何やねん全く」
「いいから電気つけてー」
「どうしました」
パチンと壁のスイッチを入れたのは工藤です。
明るくなった室内には、愚痴る弁天もリコーダー隊も見あたりません。
「何だったのかしら……」
「あれ、くどりんどうしてエプロンしてるのー」
「厨房を借りてカニを四川炒めにしていました。ゆでガニだけでは飽きるでしょう」
ワゴンを押してやってくる工藤に、宴卓が凍り付きます。
「じゃ、そこでずっとカニの殻むいてたのは一体……?」
「ふっふっふ」
「ぺぽぱー♪」
使っていないテーブルの下から、リコーダー隊が飛び出します。
仕込み笛を抜き払うと、中身は立派な短刀でした。
「べこ、ぼこ、ごん!」
工藤の投げた銀のフタが弧を描いて飛び、ほかほか湯気をたてながらお小姓たちをはじき飛ばします。桔梗介は大きく刀を振り抜きましたが、しとめるには至りません。
「こっわ、真剣こっわ」
のけぞった工藤ヘッドがぱっかり割れると、現れたのはナニワのラストショーグンでした。
「い、いつからいたんだ!」
「何をしてたの!」
「もちろんキョーちゃんに一服盛とったんやー♪」
だらりと脱力した桔梗介を姫だっこした弁天は、さっそうとバルコニーへ駆け出します。
「若!」
「ダメだ、樋口さんアイツが手渡した皿からばくばくカニ食ってた!」
「もう、面倒がって自分で殻をむかないから!」
工藤は呆然、劉は泥酔、吉澤はキスで腰が抜けていて、誰も応戦できないまま、桔梗介をラチった極楽座の怪人は、ひょーほほほと笑いながら遠ざかっていきました……。
工藤はごしごしと目をこすりました。
「これは、夢でしょうか」
「まだ言ってるのかよ、急いで追うぜ!」
バルコニーの柵をまたいだ雅は、眼下の夜景にクラッとして、地道に玄関から出ることにします。
「しかし雅さん、あまりに現実ばなれしたものを見ませんでしたか」
「ったってよお、今日はもう何が夢だか現実だか」
一同の脳裏に焼き付いたラストショットの桔梗介は、弁天の腕の中でこちらにダブルピースを出しています。
「カニ爪残しといてって意味かニャ」
「みんな見たのー? 集団幻覚?」
「私だけかと思ってたわ。酔っぱらってるし」
「私たちも一服盛られたカ? ユキ?」
「んー、売人だけど自分じゃやらないから分からない」
「いえ、夢でも幻覚でもありません」
きっぱりと言ったのは冬成です。
「どういうことじゃ、冬成くん」
「ダブルピースができるということは両手ともに機能正常、薬物は四肢の末端まで回っていないということです。つまり、樋口さんは逃げられなくて捕まったのではなく」
「わざと捕まった……」
「ひょーほほほ! 爽快やー!」
上海の裏路地を駆け抜ける弁天は、頭に巨大ガニの殻をずっぽりかぶっています。
横抱きにされた桔梗介が見上げると、空には星がまたたき、カニ星雲が千鳥足で天の川をざぶざぶ渡っていきました。
「……かなり幻覚が来てるな」
カニの身を黒酢ダレにつけるフリをしては老酒で洗っていた桔梗介でしたが、微量の薬物は摂取してしまったようで、シオマネキがしゃんしゃん爪を振る花道を抜けると、ロブスター型の小舟が待っていました。
「甲殻類しばり……」
「ごめんやで。こんなショボい舟しか調達できんかってん」
弁天がハフーと首を振り、カニマスクから左右に突き出たカニ脚がブラブラ揺れました。
「キョーちゃんとの逃避行なら、もっとヒラヒラロマンチックな天蓋付きゴンドラがよかったなあ」
「具体例を出すな……」
脳内ビジョンがすぐに反応し、幻覚中の桔梗介はヒラヒラレースの天蓋の下にいます。
「正規の乗船は諦めて、密航や。小姓らが船員を酒盛りに誘っとるあいだに、もぐり込むで」
カニ弁天が腕まくりして漕ぎ出すと。
「いざ、インド航路でマハラジャ気分や~♪」
天蓋ベッドが、ドレープたっぷりのハーレム仕様に変わります。
「愛と情熱の喜望峰回りで~♪」
アフリカンミュージックがどんどこ鳴り。
「ついに憧れのヨーロッパへ♪パリは二人のために~」
「それが、お前の望みか」
ロココ調のソファーに横たわる桔梗介の幻覚はもちろん弁天には見えていませんが、もっとすごいことを妄想中の弁天はごくりと生唾を飲みました。
「そ、そうや。パリくんだり、やない、上海くんだりまでやって来たんも、キョーちゃんとやりたいことリストのうちのひとつでも叶えたいと思たからやで」
「そうか」
マスクの内側でハフハフしながら弁天が身をかがめます。
「ワシの動機は愛だけや。それをあのじじいにええように利用されてん。十和古やんに手紙出してチクッたろかな。あいつホンマは生きとるでーって」
桔梗介がゆらりと片手を伸ばします。
「ではお前、じゃこ屋の計画には一切噛んでいないのだな」
「噛むかいな。ワシが歯形付けたいんはキョーちゃんだけ、でででで」
カニマスクは果たしてカパッと開くのかどうかつい試したところがそれも桔梗介の幻覚で、普通に鼻フックをお見舞いされた弁天でした。
「け、結構チカラあるやんか。ヤク切れてきたかな。脱力してくれてたほうがヤリやすいねんけど」
「よかろう。お前のヘンタイを見込んで頼みがある」
「ホ、ホンマか。よう分からんけど嬉しいでキョーちゃん……!」
「ほれ、お望みのもんや」
ぶすっとした弁天が麻袋を投げ出すと、転がり出たのはじゃこ屋のジャックでした。
「たた、年寄りを袋詰めにするなんて真面目に危険じゃぞい~」
「キョーちゃんが老け専やったなんて……ワシのあふれる精力の行き場はどうなるねん」
ぶつぶつ言いながらも弁天は上海大飯店に取って返し、ご隠居をさらってきたのでした。
まだまっすぐ歩けない桔梗介は、港の空き倉庫で大人しく待ち、ヤクが抜けるまでに弁天が戻れたら好きなことをさせてやるという条件で、電光石火の仕事を終えた上さまです。
「ほ、ほなワシ準備にかかるから。じじいとの用件済ませといてや」
「ああ」
「薔薇の花びらが山ほど要るねん、あと細筆!」
スロットル全開の弁天は、ばびゅーんと見えなくなりました。
「どういうアイテムじゃろか」
「知らんでいい」
「鶴亀があっという間にのされたわい。惜しい人材じゃのう、あのヘンタイさえなければ」
「ヘンタイも使いようだ」
薔薇のエキスでボディペインティングされるビジョンをふり払いながら、桔梗介は身を起こしました。
「あんたとは、サシで話がしたくてな」
(第十八話へつづく!)