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これはK96さんのwebマンガ+イラストサイト「870R」(サイトは18歳以上推奨)「HANA-MARU」からの二次創作であり、「大江戸870夜町(はなまるやちょう)」の続編です。他のHANA-MARU二次小説はこちらから。
おとなむけ。おこさまは よまないでくださいね。
全20話。第一話はこちら
「面白いお話どしたわあ」
十和古局はゆったりとワインをすすりました。
「鳴り物入りで出発した仁科万博使節団に、そんな裏があったやなんて」
墨を流したような川面に、かがり火が燃えています。
ここは屋形船のオープンデッキ。
洋風の正餐がしつらえられた上座を占めるのは、陰のフィクサーじゃこ屋のジャックです。
「今ごろパリはひっちゃかめっちゃかじゃ。まとめを頼むぞい、ハルくん」
「はいっス……」
太鼓持ち時代そのままの命令調に、ハルはしぶしぶ従いました。
「あー、あのメンツなら公演は必ず大失敗、中には警察へしょっぴかれる者も出て、日本からの救済措置はゼロ、全員そのままヨーロッパへ足止め、つまりは体のいい島流し、という予定っス」
接待役のハルは、ワインを注いでもローテンションです。
「いややわ。現職の首相にお酌させて。はいご返杯」
「どもっス」
「うふふ、気がすすまんいうお顔どすなあ」
「俺は反対っス。ご隠居には今からでも考え直してもらいたいっス」
「あらまあ」
「素直にハラをぶちまける子じゃろ。わしゃそこが好きでのう~」
ご隠居がにったり笑うとかがり火が揺れ、ハルはぶるっと頭を振りました。
「俺はお飾りって分かってるっスけど、こんな風にみんなをだまして国外へ追放するなんて、あの」
「陰湿、じゃな。ふぉっふぉっふぉ」
「ああら、優しさどすやんか。言うたらアレどすけどあのお人ら、これからの日本にとってトラブルの元になるお方ばっかりどすえ」
十和古は指を折って数えます。
「ヘンタイの歯止めを忘れたラストショーグンはんに、民衆の憎悪を一身に集める公安はん、お騒がせ記事しか書かんジャーナリストはんに、何でも記憶してそれを誰にでも言うてしまうくのいちはん、オタクの財布からお金を吸い取るフィギュア師はん、違法建築しまくりの大工はん、節操なくタブーを超える官能作家はん、あ、これは弟はんどしたなあ。可愛い弟はんが刑法改正で実刑食らうとこなんて見たいことおへんやろ。ちょっと遠くへ自分探しの旅にでも出したぐらいに思たらどない?」
「そんなのおかしいっスよ。悪いことしたならしたでしょうがないっスけど、反論の機会も与えられないなんて」
「まだまだこの国は不安定じゃ。ある程度の独裁は必要悪じゃよ。ちょうど、八千菊政権がそうじゃったようにのう」
「はふん」
十和古がホロ酔い風情で笑います。
「三日天下で恥ずかしわあ。はなまる新党はんに蹴落とされてから、うちらすっかり落ちぶれて」
「何の。黒幕を捕まえにゃ話にならんのに、どんな弾劾も刑事訴追もことごとく振り切られた。わしゃすっかりあんたのファンになったんじゃよ~」
「光栄どすわあ。ぶぶ漬けいかがどす」
京おんなは目が笑っていません。
ハルは船べりでいじいじと膝を抱えました。
「だからって、同じように独裁の真似事を始めたんじゃ、何にもならないっスよ……」
「ハルくん、わしに盾ついたら……分かっとるじゃろのう」
「首相としてのモテ人生も強制終了、分かってるっス……」
「うち、そうは思いまへんえ」
十和古はしっとりと囁き、正座を崩しました。
「国のトップに必要なんはリーダーシップでも決断力でもあらへん、モテ属性や。あんたはんはそれを生まれながらに持ったはる」
「そ、そうっスか~、エヘヘ」
十和古がじりじりと体重を寄せてきます。
「太鼓持ちからここまでに出世しやはったんも、どっかのフィクサーのおかげと違う、あんた自身の手柄やわ」
「俺、ホメられると伸びるっ子ス~、鼻の下が」
「どうどす? お友だちをパリから呼び戻すお手伝い、うちがサポートするいうんは」
ほとんどのしかかられながら、ハルはちょっと考えました。
「でも、ご隠居が」
「ジャックはんに反対されても貫きたい正義があるんどっしゃろ?」
「は、はい」
「嬉しわあ。これからはうちと仲良うしてくれはる?」
「仲良うっスか~? へへ」
「お年寄りのお相手はそろそろしまいどす」
「わあ♪」
ごろんと押し倒されたハルは、船頭の足元に仰向けになりました。
「あれ、西洋人の船頭さんなんて珍しいっスね……」
言い終わらないうちに編笠を捨てたキースは流れるように銃を構え、耳と言わず皮膚と言わず五感のすべてに衝撃が走って、それはもちろん銃声でした。
「あ……、あ……、ご隠居……!」
じたばたと起き上がろうとしたハルは何度も十和古に引き倒され、どぶんと重い水音がしたあとも、しばらくはかがり火がめちゃくちゃに揺れていました。
人ばらいされた屋形船は静かに漂い、呆然とするハルをまっすぐ座らせて、十和古は闇の向こうを見渡します。
「橋げたに飛び移って……、もう姿が見えしまへん。さすがの将軍暗殺犯どすなあ」
「キースさん、もうヤバい仕事はしないって言ってたのに。あれ、将軍暗殺のことよく知ってるっスね十和古さん……!」
事態がいっぺんにフラッシュバックしたハルはびっくりしたザリガニのように後ろへ飛び、十和古はうふふと笑いました。
「都落ちの間に色々調べましたんえ」
「あなあなあな、あなたは……!」
「キースはんが言わはるんは、難易度的にヤバくなければやる、いうことどっしゃろ。根っからのコントラクトキラーどすなあ。誰に雇われたやら知らんけど」
「え……」
ハルは船べりにひっついたまま、必死で頭をめぐらせました。
「じゃじゃ、十和古さんじゃないんっスか? つまり邪魔なご隠居をそのう片づけ……」
十和古は寒そうに自分の肩を抱きしめます。
「どっかで人の恨みを買わはったのやねえ。後ろ暗いとこの多いお人どしたから」
「ごっ、ご隠居はそんな人じゃ」
「何でも信じたらあかんえ。ジョン万次郎とマブダチやなんて嘘嘘。ジョンはんいうたら有名人やもの、各地で逸話を集めれば長年のツレみたいな顔も簡単どす。間違うて本人に会うてしもたかて、ハーワーユーのロングタイムノーシーで知り合いやったかなと思わせれば勝ち」
「そそ、そうなんスかー、怖いっスね」
脳味噌がぷしゅっと音を立てて処理能力を超え、ハルは無意識に「置いといて」のジェスチャーをして面倒を脇へやりました。
「ご隠居……」
おそるおそる水面をのぞきこむと、十和古も身を乗り出します。
「うち、まともに見てしもたわあ。きれーに眉間を打ち抜かれはったジャックはんが、ゆーっくりのけぞって」
「うう……、うわーん! ご隠居ーー!」
ハルの叫びは騒ぐ川風にかすれ、あたりは濃い闇に支配されるのでした。
(第十三話へつづく!)